職場でのコミュニケーションがうまくいかなかったり、話が相手に伝わらなかったり、「対話」に関する悩みを抱えている人も多いのではないでしょうか? フリーランスでキャスターや社外役員などを行っている木場弘子氏は、著書『次につながる対話力~「伝える」のプロがフリーランスで30年間やってきたこと~』(SDP)のなかで、「コミュニケーションの場で、声にして出す言葉だけが相手との共感を生み出すとは限らない」といいます。初対面の人への呼びかけ方や視覚に訴えかける対話について、詳しく見ていきましょう。
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仕事相手を「名前」で呼ぶ効果について

挨拶と自己紹介で相手との距離を縮め、共感を生み出すきっかけを掴めたら、いよいよ具体的な対話へ――すでにいい雰囲気はできていますので、一気に話を進めて参りましょう。

 

と、その時に意外に戸惑うのが、相手に対する二人称の呼び方です。特に1対1や会議の席で特定の相手に対し、意見を聞いたり、逆に相手の意見に反応する時など、こちらから呼びかける場面というのはかなり多く、何と呼びかけたらいいのか悩みどころだと思います。

 

そんな時、たとえば英語であれば“テッパンの二人称”であるyouが使えるので、迷うことはありません。ところが、日本語でこれをストレートに真似してしまうと――

 

「あなたは、これをどう思いますか?」

 

「賛成、反対、あなたはどちらでしょう?」

 

「あなたに一つ、質問があります」

 

――「あなた」はビジネスの場では使いづらいですね。まず、目上の方には使えません。

 

日本では、このあたりを曖昧にぼかすのが一般的です。具体的には、相手にチラッと視線を送りつつ「どう思いますか?」と、相手を呼ばなくとも会話は何とか成立してしまう。呼びかけるにしても「部長さん」や「課長さん」といったその人の「役職」が使われるため、名前で呼ぶ場面は意外に少ないかもしれません。

 

これでは、折角その場に生まれ始めていた共感も、時間が経つにつれ少しずつ薄れていきかねません。

 

そこでお勧めしたいのが、対話の際はできるだけ「相手の名前で呼びかける」という方法です。私はその効果を野球中継での夫の話し方に学びました。

 

夫(与田剛氏)は、中日ドラゴンズを引退後、長くNHKで解説をさせていただきました。彼の放送を聴いていると、実況のアナウンサーの方を立てるように名前を呼ぶ機会がとても多いのです。

 

「先ほど、○○さんのおっしゃったように」

 

「○○さん、次の球をよく見ておいて下さい」

 

――折々にそんな風に呼ぶのを聴いて、本人に尋ねると「意識して心掛けている」とのこと。3時間の中継の間、解説者は30回は「与田さん」と呼ばれるのに対し、実況の方が自分の名前を言えるのは番組最初の自己紹介と締めの時だけ。そこを10回でも名前が出れば、(ご家族もご覧になっているでしょうし)嬉しくてテンションがアップしてノリノリで実況をされるかもしれません。

 

人間というのは、誰しも少なからず自己顕示欲がありますので、自分に興味を持ち、存在を認めてもらえると嬉しくなります。ですから、「人を立てる」「存在を認める」ためにも名前を呼ぶことは良いことだと感心しました。

 

特に初対面の際など、呼びかけ抜きで「どう思いますか?」や「課長さん、どう思われますか?」と聞くより、「○○さんは、どう思われますか?」と直接呼びかけられれば、相手はきっとこちらの言葉をひと膝乗り出す気持ちで聞き、積極的に答えてくれるでしょう。

 

私も日頃から、意識的に名前での呼びかけをするようにしています。

 

マナーやハラスメント予防の面からは、いきなり下の名前で呼んだり、「ちゃん」付けにしたり、年下だからと呼び捨てにするなど、馴れ馴れしい声がけは当然ながらタブーです。

 

ですが、思い切って敬意を込めて名前を呼ぶことで、相手との距離をいっそう近づけることは確実にできます。どうか、トライしてみて下さい。