今やM&Aは、企業規模を問わず使われる“経営戦略の一つ”だが
実をいうと、M&Aは企業規模にかかわらず、実施時のプロセスがほぼ同じである。譲渡対価が何百億円の案件でも、何千万円の案件でも、基礎となっているM&Aの進め方は一緒である。
このようなM&Aの源流は1980年代末にさかのぼる。1985年の「プラザ合意」で急激に円高が進み、それを契機として日本企業の対外直接投資が急増。豊富な「ジャパン・マネー」を背景に、特に米国での大型買収が世を賑わせた。ソニー(現・ソニーグループ)によるコロンビア・ピクチャーズ・エンターテインメントの買収(1989年9月、48億ドル=当時約6700億円)、三菱地所によるロックフェラーグループの買収(同年10月、8億4600万ドル=同約1200億円)、松下電器産業(現・パナソニックホールディングス)によるMCA(現・NBCユニバーサル)の買収(1990年11月、61億3000万ドル=同約7800億円)などである。
しかし、名だたる日本企業が米国の名門企業を多額の資金で買収する「劇場型」M&Aは過去のものとなった。四半世紀以上が経過した今では、前回記事でも述べたように中堅・中小企業にも経営戦略や経営技術の一つとして定着した(⇒関連記事:『こんなはずでは…。2億円で〈同業買収〉を決めた金属加工メーカー、売り手企業の「まあ大丈夫だと思いますよ」を鵜呑みにした結果』)。
一方、上場企業に限らず、中堅・中小企業がM&Aマーケットに参戦するなかで、さまざまな課題も浮き彫りになっている。その一つが、M&Aは手段だという観点を忘れてしまうプレーヤーが多いということである。
「戦略実現のための手段」がM&A
M&Aが大手企業から中堅・中小企業に広がるにつれて、より重要性を増しているのが、「M&Aによって何を実現したいのか」という根幹部分である。これは「場当たり的なM&Aではなく、戦略に基づいたM&Aが実行できているかどうか」という経営者自身への問いかけでもある。
経営資源には限りがある。とりわけ、上場企業のような投資余力がない中堅・中小企業にとっては、M&Aの一つ一つが重要な経営判断となる。企業規模によって、一つの事業単位の大きさや投資にかけられる金額に違いはあるものの、共通することは、有限である経営資源をどの分野に集中投下して競合との違いを生み出すかだ。
資源を均等に配分することは安全策として一見正しいようにも見えるが、一方で、どれも中途半端になる可能性をはらんでいる。競合に勝つためには戦略が必要であり、戦略実現のための手段がM&Aなのである。
戦略なきM&Aは失敗する
かつて大手企業が何千億円もかけて買収を実行していたころは、M&A戦略がフォーカスされることは少なかった。むしろ、「日本企業がどこをいくらで買収したのか?」にフォーカスが当てられた。「大きいことはいいことだ」という単純な拡大路線が企業の成長原則と見なされ、また海外大手企業を買収することが国民の自尊心をくすぐり、国家のステータス向上につながると捉えられていたからだ。
しかし、現在の日本は、人口減少と消費の成熟化により、右肩上がりの経済成長が見込めなくなった。そのため企業は限られた経営資源を成長分野に振り分ける必要がある。
そこで重要なのが、M&Aを成功に導くための「戦略」だ。「戦略なきM&Aは失敗する」と断言しておきたい。M&Aのプレーヤーが増加するなか、M&Aを足し算で捉え、数で勝負するブローカーのような企業も増えているが、M&Aの本質は、譲渡側と譲受側の双方の成長であり、その先にある企業価値の向上である。
M&Aを複数実施しながら成長している企業もあるが、そうした企業に共通することは、M&Aを行うことがメインなのではなく、グループに加わる企業のビジネスモデルや年齢構成、財務状況を把握し、他のグループ会社との連携イメージを構築し、また自社から送り込む経営者人材の事前準備など、M&Aを成功させるための手順をしっかりと組み立てていることである。この点が、ブローカーとは異なっている。
「経営資源を活用して、事業を譲り受け、成長させることによって、自社の企業価値を高める」ことがM&Aの本旨である。
M&Aを実施する段階で、道標となる戦略が必要であり、目指すべき方向が定まっていないM&Aは失敗する可能性が高い、ということを念頭に置いていただきたい。
【著者】丹尾 渉
株式会社タナベコンサルティング執行役員
M&Aコンサルティング事業部長
【監修】株式会社タナベコンサルティング 戦略総合研究所
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