中学受験には「正しい知識」と「覚悟」が必要
昨今、都市部を中心に中学受験熱が高まっています。クラスで受験を“しない”子は2、3人という地域の方もいるでしょう。「うちの子も中学受験をさせたほうが…」と考える方や、ある日お子さんが「受験したい」と言って、あわてて中学受験塾の入塾テストを受けに行くケースも見られます。
ただし、中学受験は「取り扱い危険物」。どんなリスクがあるか知識を得て、覚悟を持って臨まないと失敗します。そこでまず、中学受験をめざすことになった多くのご家庭が直面する「想定外」を5つ紹介します。
【想定外①】思っていたよりお金がかかる
1つめの想定外は、思っていたよりお金がかかるということです。大手進学塾の小2~小6の月謝の目安は、学年×1万円程度。小3だったら月約3万円、小6だったら月約6万円といったイメージです。
「それくらいだったら、わが子の将来を考えれば出せないこともないか…」と思った方は要注意です。塾に払うお金は、月謝だけではありません。
夏期講習などの季節講習会の費用、夏期合宿や正月特訓、特定の学校別入試対策授業をはじめとしたオプション費用、模試の費用などが月謝に加えてかかってきます。テキスト代が月謝に含まれている塾であっても、辞書や地図帳・地球儀などを別途買う必要が出てきます。
さらに、通塾に電車やバスを使う場合には、その交通費もかかります。雨の日や、車で送迎できないときには、タクシーを使うことがあるかもしれません。
■個別指導塾や入学金といったお金もかかる
また、学年が上がって受験が近くなると、個別指導塾や家庭教師を併用するご家庭も多いです。個別指導塾や家庭教師は、集団指導塾以上に費用がかかるケースもあります。
そのうえ、複数校受験するとなると、受験料だけで10万、20万円とかかります。第二志望以下の学校であっても、第一志望の合格発表までに入学金の納入期限が来ることがあるので、その場合は数十万円を第一志望不合格のための「保険」として払わなければいけなくなります。
さらに、念願かなって私立中に入学した後も、制服をはじめとする学校指定品、学年費、研修旅行、修学旅行などの費用がかかります。中高一貫校でそのまま高校に上がったとしても、高校入学時に入学金が必要だということに驚かれる方もいらっしゃいます。
中学受験の世界に足を踏み入れるのであれば、想定している額の1.5倍は費用がかかることを覚悟しておくといいでしょう。
【想定外②】思っていたよりサポートが大変
2つめの想定外は、思っていたよりサポートが大変だということです。親は、「わが子の可能性を広げてあげたい、そのための手伝いならいくらでもする」という気持ちでいることと思います。でも、実際に受験勉強を始めてみると、想定以上の負担に驚く方が多いのです。
多くの子は親のサポートがないと、塾のカリキュラムについていくのは困難です。授業の予習、復習、確認テスト、総合テストや模試のための勉強、各科目の宿題など、1週間ごとにスケジュールを立て、その計画がうまく回っているか調整しながらさらにスケジュールを立てる…と、まるで仕事のように「任務」を進めていくことになるのです。子どもは目の前の勉強で精一杯になりますから、親が伴走(ばんそう)する必要があります。
そのほかにも親は、次のようなサポートもすることになります。
●塾への送迎
●塾からの配付プリントのファイリングの手伝い
●塾用のお弁当の用意(学校のない日は昼用、夜用、2種類のお弁当を用意)
●塾の保護者会や保護者面談の参加
●模試の申し込み
●学校の情報収集
●学校説明会の予約と参加
●志望校の入試過去問の入手や問題のコピー
中学受験の道に進むということは、こうした多岐にわたるサポートを数年続けることになるのです。そのため、子どもの受験勉強中心の生活に切り替えるくらいの覚悟が必要です。
【想定外③】思っていたより中学受験勉強のレベルが高い
3つめの想定外は、思っていたより中学受験勉強のレベルが高いということです。「いくら中学入試の問題が難しいといっても、しょせん小学生が解くものだから…」と思っていないでしょうか?
もし、そう思うなら、どこの中高一貫校でもいいので、入試過去問を見てもらえたらと思います。書店でオレンジ色の過去問を手に取ってもいいですし、もっと手軽に四谷大塚のWebサイトの過去問データベースから見ることもできます。
見るとすぐにわかりますが、ある程度のレベルの中学入試になると、現役の東大生でも頭を悩ませる問題ばかりです。
■学校で習う内容を大きく超えた中学入試問題
高校受験、大学受験では、私立であっても学校の学習指導要領を大きく超える問題はほとんど出題されません。しかし、中学受験では小学校の学習内容を大きく超えるどころか、もはや別次元の問題が出されます。
中学受験の理科・社会は、高校受験の理科・社会に比べてずっと難しいですし、30年前にトップ校で出題された問題が、今や中堅校で出題されます。
かつては「難問」とされていた多くの問題は、塾の指導ノウハウの向上によって、今では難問に分類されなくなっているのです。さらに、対策される学校側も、入試問題のレベルを上げるので、年々問題のレベルが上がっていくわけです。
また、大学入学共通テストの変化に合わせて、中学入試も思考型の問題を増やしています。「知っていれば解ける」という問題から、「知っていることを前提に、そこから何を課題だととらえて、どう思考して、思考したことをどう表現するか」という問題にシフトしてきているのです。
「うちは、偏差値の高い学校はめざしていないんです。偏差値50以下の学校で、よさそうな学校があれば、そういうところでいい」とおっしゃって、塾を訪ねてくる方もいらっしゃいます。
でも、たとえば、四谷大塚の偏差値で40以上の学校になると、もう本格的な受験勉強をしないと受かりません。楽な中学受験というものはないと考えておいたほうがいいでしょう。
【想定外④】思っていたより「合格できる可能性」が低い
4つめの想定外は、思っていたより合格の可能性が低いということです。
3人に1人。これが、中学受験において、最終的に第一志望校に合格できる割合です。
第一志望の学校は、ほかのご家庭からも望まれている学校であることが多いです。そういう学校は、倍率が3倍を超えることが多いですから、3人のうち2人は不合格となる計算ですね(ちなみに、男女御三家はざっくり3倍程度の倍率ですが、中には10倍を超える倍率の入試もあります)。受験までにあきらめる家庭も多いので、そのような家庭も含めれば、合格はもっと少ない割合になります。
小3の2月から長い時間と数十、数百万円を投じても、第一志望に合格できるのは3人に1人以下なのです。中学受験は「がんばれば合格できる」という甘い世界ではないことを覚悟しておきましょう。
【想定外⑤】思っていたより親子ともに精神的な負担がかかる
5つめの想定外は、思っていたより親子ともに精神的な負担がかかるということです。中学受験は親子の体力だけでなく、精神力も問われます。
これまでお伝えしてきた4点を踏まえて中学受験に踏み出しても、成績はそう簡単に上がるものではないですし、高学年になるにつれて、子どもは親の言うことを聞かなくなってきます。
私は、「こんなにお金をかけて、体力の限界まで子どものサポートに尽くしているのに、当の本人は呑気(のんき)で、やる気が感じられない…」という相談をよく受けます。
一方、子どもも、日々、塾のクラスメートとの成績競争にさらされて、傷ついていることが少なくありません。そこで、家に帰ってきてから、塾で傷ついたやるせなさを親にぶつけるんですね。
親も体力的、精神的にギリギリなので、余裕を持って受け止められず、「もうそんなこと言うんだったら、やめれば」と言いたくなるのを必死に堪(こら)える。堪えているところに、子どもの受験に関心を示さない夫や妻からあっさり「もうやめれば」などと言われて、やり場のない気持ちにモヤモヤする…そんなご家庭も見てきました。
■「中学受験をやめる」という選択肢も用意しておく
中学受験をめざすことで家族が結束して、家族のみんなそれぞれの充実した毎日につながっているとか、中学、高校、大学生になってから、「中学受験のとき、親がサポートしてくれたのが本当にありがたかった。あのときの経験があるから、今の自分がある」と振り返る中学受験経験者も大勢います。
一方で、本来、必須ではない中学受験勉強というハイレベルな経験を、ハイレベルな環境でしたために「自分は勉強ができない」と思い込んで自己肯定感が下がってしまう子も少なくありません。
受験で全落ちして、地元の公立中に進学して高校受験の塾に入ったものの、授業中、宿題の解説を聞いて、自分の答えが誤りだと気づくとその答えを消しゴムで消し、シャーペンで正解を書き込み赤ペンで丸をする、といったような「間違い恐怖症」になってしまった子なども見てきました。
そこまで追い詰められてしまうことを防ぐために、お子さんの適性やご家庭の状況に合わせて、いつでも方向転換できる選択肢があることを、家族で共有しておくことをおすすめします。
そのためには中学受験だけでなく、高校受験の知識もつけておく必要があります。高校受験を知ると、中学受験が絶対的に有利な進路というわけではないことを理解でき、わが子の中学受験をサポートするうえで心に余裕が生まれます。
世に出回っている受験情報は、高校受験よりも中学受験と大学受験に偏っています。たとえば、中学受験の塾や大学受験の予備校の名前をいくつか挙げられる方は多いと思います。でも「高校受験の塾は?」と聞かれても、すぐには答えられない方が多いはずです。近年、高校受験よりも中学受験に価値があると考える人が増えているのは、高校受験よりも中学受験のほうが情報が多いからです。でも、世の中、絶対的に良いものなんてないですよね。
中学受験をする12歳前後はこれから思春期、急成長が始まる年齢です。高校受験で結果を出せる子もいるし、大学受験で結果を出せる子もいるのです。
中学受験は「特殊な世界」だという認識を忘れない
中学受験に臨むのであれば、あくまで中学受験は「特殊な世界」だという前提に立つ必要があります。実際に足を踏み入れると「途中でやめさせるのは、これまでがんばってきたわが子への期待もあるし、塾での保護者のつながりもあるし」などと、なかなか難しい決断になりますが、長期的な視点を忘れずにいたいものです。
わが子を受験に向かわせるのであれば、親も情報収集に努めて知識をアップデートし、子どもが思うように勉強しなくても、成績が上がらなくても、大きく構えつつ、前向きにサポートをする覚悟が必要なのです。
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<まとめ>
●中学受験は想定している1.5倍ほどの費用がかかる。
●子どもの受験勉強中心の生活に切り替える覚悟が必要。
●第一志望に合格できるのは3人に1人以下。
●親子ともに精神面の負担も大きい。
●いつでも方向転換できる選択肢があることを、家族で共有する。
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西村 創(にしむら・はじめ)
受験指導専門家
早稲田アカデミー、駿台予備学校、河合塾Wingsなどで指導歴25年以上。新卒入社の早稲田アカデミーでは、入社初年度に生徒授業満足度全講師中1位に輝く。駿台予備学校ではシンガポール校講師を経て、当時初の20代校長として香港校校長を務め、過去最高の合格実績を出す。河合塾Wingsでは講師、教室長、エリアマネジャーを務める。現在はセミナー講演や書籍執筆、「にしむら先生 受験指導専門家」としてYouTube配信などを中心に活動。著書は『改訂版 中学歴史が面白いほどわかる本』(KADOKAWA)など多数。
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