子育てや家事を親に手伝ってもらえるうえに、生活コストを低減させられる……そんなメリットから、二世帯住宅での親との同居を決断する人が増えています。しかし、安易な親との同居は大きなリスクが伴うと、長岡FP事務所代表の長岡理知氏はいいます。いったいなぜでしょうか。本記事ではKさんの事例とともに、二世帯住宅の落とし穴について解説します。
「同居の義父の豹変」で中学生の息子が自殺未遂…世帯年収1,060万円、40代・中学校教員夫婦が陥った「二世帯住宅」の落とし穴【FPが警告】 (※画像はイメージです/PIXTA)

「核家族化」の潮流との折衷案として生まれた「二世帯住宅」

実は「二世帯住宅」という言葉は、建築用語ではなく商品名です。では、二世帯住宅はいつごろから存在するのでしょうか。――これは、ある大手住宅メーカーが、1975年に完全独立構造の二世帯同居家屋を「二世帯住宅」という商品名で売り出したのが始まりです。

 

発売当初、非常に注目を浴びました。当時の世相の変化を象徴するような、斬新な商品だったのです。このときの二世帯住宅のコンセプトは「完全分離」というものでした。階上と階下で世帯をわけ、キッチン、バスルーム、リビング、玄関をそれぞれに備えて、家の中では行き来できない構造です。これは、嫁姑問題や他人が家族に入って生活することの気苦労を解消するアイデアであるのは言うまでもありません。

 

二世帯住宅の誕生には、戦後に日本の産業構造が大きく変化した背景があります。戦後の高度成長期を通して第一次産業(農業・漁業)従事者の割合が大きく下落し、第二次産業(製造業、建築業・工業)従事者の割合が増えると、人が職を求めて都市部に集まるようになりました。そこで起こったのが世帯の核家族化です。それまでの家父長的家制度によって親と同居するのが一般的だった世帯形態から、父・母・子という人数の少ない世帯へと変化していったのです。

 

国勢調査(総務省統計局)の時系列データ「世帯人員の人数別一般世帯数」によると、1920年(大正9年)では6人以上の世帯が全世帯の36.7%を占めていました。それが1975年(昭和50年)になると10.5%に減少しています。2020年(令和2年)にはさらに減少し、7.6%になっています。ただし、この世帯人数には住み込みの使用人を含むため単純に比較はできないものの、1~3人の世帯の割合をみてみると、1920年では33.5%だったものが2020年には60.4%に増加しています。

 

いかに核家族化、少子化へと進行していったかがわかるでしょう。その一方で、1970年代はまだ専業主婦が多く、古い家制度の価値観が色濃く残っていた時代です。長男は家を継ぐべき、男性の子どもがいない場合には長女が婿を入れて家を継ぐべき、という価値観が残っていて、核家族化という社会全体の流れとの折衷案として「二世帯住宅」というコンセプトが生まれたものと想像できます。

 

二世帯住宅の新しい流れ

現代でも二世帯住宅は人気があります。地方・都市部に関係なく、実家の近くに居住する人たちにとっては依然として選択肢のひとつになっています。しかしその目的は1970年代とは大きく異なっているのです。かつての慣習としての同居から、明確な利便性を求めた同居へと変化しています。その特徴としては次のようなものが挙げられます。

 

・息子夫婦同居型(妻が夫の実家と同居する)より、娘夫婦同居型(夫が妻の実家と同居する)の増加

・完全分離型から二世帯共有LDKへ(食事だけは一緒)

・忙しい夫婦にかわり、娘の母親が食事を作る

・孫の世話・教育が両親との「共同作業」

 

同居・近居・隣居には、子供世代にとって大きなメリットがあります。専業主婦の割合が下がり、ダブルインカムが一般的となった現代では、家事や育児の負担が大きくなっています。フルタイムで働いていると時間が足りないのです。夫婦で協力する意識は当然ありますが、それぞれの職業や働き方によってはそれが難しい場合もあります。

 

そんなときに両親の支えが得られると子供世代にとって非常に助かります。しかしながら夫の両親に対して、他人である妻が遠慮なく協力を要請することは困難です。妻が急な残業で子供の迎えに行けないとき、自分の親ならメッセージアプリひとつで頼むことの抵抗はないでしょう。しかし義父母であれば仕事の合間に電話をかけて丁重にお願いすることになります。それが連日であればもう頼むことすら嫌になると思います。

 

理想の暮らしが叶えられるとは限らない「二世帯住宅」

二世帯住宅を購入したものの、親子関係が崩壊し、子供夫婦が出て行ってしまったケースはめずらしくありません。「二世帯住宅を買う」と周囲に言うと、多くは反対するか心配するのが現実です。それほど昔から失敗に事欠きません。失敗の根本的な原因の多くは、両親との関係悪化です。

 

伝統的ともいえる代表的な原因には、義父母が妻(夫)に対して気遣いがなく隷属した存在のように扱った、というものがあります。これは家制度の価値観が残っているためです。現代で「ヨメ」「ムコ」という言葉が普通に出てくる家庭は要注意でしょう。「ヨメ・ムコ」は他人の家から結納金という対価で購入した労働力であるという、かつての家父長的家制度の価値観は、現代では到底受け入れられません。昭和的な価値観とは異なることを明確に理解しない限り、二世帯住宅は避けたほうがよさそうです。そうはいっても、子は父母が育てた環境で少なからずこの価値観の影響を受けるため、改めるのは難しいものがあるでしょう。

 

また、家制度ほど強烈な形でなくとも、プライバシーに対する感覚が希薄なケースも失敗しやすい傾向があります。「雨が降ったから子供夫婦の洗濯物を取り込んだ」「子供夫婦が捨てたごみ袋からまだ使えるものを拾ってもとに戻した」「子供夫婦のリビングに入り勝手に掃除と模様替えをした」など、主に義母の張り切りが仇となる場合です。子供夫婦がどんな生活をしようと、他人同士であると割り切れないのであれば二世帯住宅は失敗します。

 

ほかにも意外と多いのが、今回の事例のように義父が退職したとたんに人格が豹変してしまうケースです。男性は定年退職と同時にそれまでの人間関係を失い社会的に孤立してしまう場合があります。外出も滅多にしなくなり家の中のことが気になってしまうのです。それが同居の子夫婦に向いてしまうと危険です。

 

自分の親であればきっとうまくやってくれるはずだ、と考えがちですが、他人が家族の中に入って来たときにどういう行動を取るようになるのかは想定できません。同居は義父母の側にもストレスがかかるためです。二世帯住宅とはいえ、同居は同居です。親子がお互いの尊厳を守る意識が醸成されていない状態では高確率で崩壊します。

 

また、親が健康を害し認知が乱れると、同居のメリットはすべて水の泡と化します。

二世帯住宅の失敗はライフプラン崩壊と直結

二世帯住宅を購入し失敗すると、ライフプランが崩壊します。同居を解消し子供夫婦が家を出て行けばいいと考えるのは安直すぎる考えです。実際のところは経済的な状況がそれを許してくれません。二世帯同居の失敗は、下記5つのような状況に陥りがちです。

 

①高額な住宅ローンを借りているため、家を出ていけない

②夫婦でペアローンを借りている場合、離婚時に清算が困難

③義父母の老後資金を自己資金として入れて購入しているとより揉める

④残された大きな家の維持費を父母が払えない

⑤二世帯住宅は売却が困難

 

親との関係が崩壊したからといって、簡単に家を出ていけるのは高額な所得のある夫婦だけです。実家の住宅ローンを返済しながらほかで賃貸暮らしをすることになるため、平均的な所得では極めて困難です。そうなると離婚という選択肢も現実的になります。住宅ローンを借りて二世帯住宅を購入する場合、親子関係は絶対に失敗できないのです。しかし人としての性格の相性の問題であるため、当然ながら絶対というのはありえません。そのため、よほどの事情がない限り二世帯住宅は避けたほうがいいのではと、FPとしてアドバイスしているのが現状です。

 

また親子関係とは別の問題で、二世帯住宅には大きなリスクが存在します。それは配偶者が亡くなった場合です。二世帯とはいえ他人の家で暮らしている側の立場では、配偶者が亡くなったあとも住み続けたいという人は少ないのではないでしょうか。義父母にとっても同じです。

 

配偶者に団体信用生命保険がかけられている場合は住宅ローンの残債が0となりますが、住み続けられないのであれば意味がありません。残債がなくなった家を義父母に相続させ、自分と子供は出ていくことになります。しかしその後、賃貸暮らしをしていけるだけの収入はあるでしょうか。それを前提として死亡保険の保障額を決めておく必要がありますが、多くの方はこのリスクをあまり意識していません。

 

二世帯住宅を検討する場合は、あらゆる可能性を排除せず冷静に親子で話し合い、リスク対策を同時に行っていく必要があります。

 

 

長岡 理知

長岡FP事務所

代表