証券会社が熱心にセールスしてきた「EB債」とは?
上場企業で課長を務め、60歳で定年退職したTさん。63歳となった現在は、それまでの貯蓄と受け取った退職金を慎重に取り崩しながら、悠々自適の生活を送っています。
現役時代にはほとんど投資をしたことがなく、資産のほとんどは現預金。退職金も定期預金に預け入れています。ただ、2,000万円の定期預金が生み出す金利は年間わずか10万円。Tさんは「もっと良い方法があるはず」と考えながらも、十分に生活ができているため、わざわざリスクをとる必要もないと考えていました。
飛び込みで自宅にやってきた証券会社の営業マンが勧めてきた商品は、「EB債(Exchangeable Bond:他社株転換社債)」と呼ばれる債券で、利回りは年7%に設定されていました。某大手電機メーカー・K社の株価によって償還金額が変動する特殊な仕組みの付いた債券です。
基準日の株価(行使価格)は700円。満期は6ヵ月後に設定されており、真ん中の3ヵ月目には「早期償還判定日」が設定されています。この判定日に、K社の株が10%値上がりしていた場合、つまり770円以上になっていた場合には、6ヶ月の満期を待たずに元本が償還され、3ヵ月分の金利(1.75%)を受け取れるようです。
ただし、期間中に一度でも、行使価格から40%下に設定されたノックイン価格を下回り、かつ株価が700円まで回復することなく償還日を迎えた場合は、大きく値下がりしたK社の株式と現金調整額が戻ってくるとのことでした。
Tさんは、一度の説明では仕組みをよく理解できなかったものの、K社といえば誰もがその名を知る国民的企業でしたので、「40%も値下がりすることはないだろう」と考えました。それに、現在預け入れを行っている年0.5%の定期預金と比べ14倍もの利息が付くことに大変魅力を感じました。「債券」という響きに安心感を覚えたこともあり、1口100万円の仕組み債を10口、1,000万円分購入したのです。
その3ヵ月後、K社の株価は800円を超えました。早期償還が決まり、Tさんは元本の1,000万円と、3ヵ月分の金利17万5,000円を受け取ります。早期償還が決定して安堵しているTさんのもとに、証券会社の営業マンから「今度は製薬のP社のEB債が出ます」という案内がもたらされました。
話を聞いてみると、利率は前回より下がるものの6.2%。前回と同じ半年満期の債券であり、P社の業績は申し分ないとのこと。3ヵ月という短期間で20万円弱の利息を受け取った成功体験から、Tさんは今回も1,000万円分購入することにしました。するとP社の株も大きく値上がりし、またしても3ヵ月後に15万5,000円という利息を受け取ります。
こうなるともう止まらず、Tさんは営業マンが持ってくるEB債を次々に購入していきました。株式市場全体が上向きだったこともあり、購入するEB債はことごとく早期償還を繰り返します。そしてTさんは、定期預金よりはるかに良い条件の利息を受け取り続けました。
受け取った利息の総額が120万円を超えたころ、勝率100%のTさんは大勝負に出ます。営業マンが持ってきたEB債の買付金額を前回までの倍、20口・2,000万円に引き上げたのです。今回のEB債は、初めて購入したのと同じK社の株価を対象としており、利率は前回よりも高い8.0%。「元本2,000万円なら、3か月後には40万円ももらえるぞ」と利息の計算にも慣れたものです。
しかし、想定外の事態がTさんを襲います。アメリカの株式市場の大幅な下落が日本株市場にも波及し、K社の株はみるみるうちに急落していったのです。
買付から2ヵ月後にノックイン価格を下回ったK社の株は、そのまま回復することなく満期償還日を迎えてしまいました。今回は償還といっても元本が戻ってくる訳ではなく、Tさんが受け取ったのは大きく値下がりしたK社の株式と単元未満株相当分の現金調整額。
K社の株価は行使価格の約半値になっており、元本の2,000万円は1,000万円ほどに減ってしまったのです。