日本の貧困家庭で起きている「家庭崩壊」「児童虐待」の実情と、その背景について、ノンフィクション作家・石井光太氏の著書『世界と比べてわかる 日本の貧困のリアル』(PHP研究所)から一部抜粋してご紹介します。
<3都道府県・17児童相談所の分析>児童虐待の約45%が「貧困家庭」で発生…「住宅の狭さ」が及ぼす影響とは (※写真はイメージです/PIXTA)

貧困家庭で家庭崩壊を招く「住宅」の問題

日本の貧困層の人々が暮らす住宅は、親と子どもが食事や寝起きをするくらいの広さはある。少なくとも、スラムのバラックのように物理的に家族が入りきらないということは起こりえない。

 

しかし日本ではプライバシーがことさら重視されるので、寝るスペースがあればいいというわけではない。子ども部屋のように自分のスペースが確保されていることが重要なのだ。その点からすれば、日本の生活困窮者は、住宅が狭い分、プライバシーを侵害されやすい。

 

ある母親がシングルで子ども3人を育てていたとしよう。彼女が生活保護を受けていれば、生活扶助で借りられるのは築年数の古い2LDK(2DK)のアパートである。

 

子どもたちが小さい頃は、みんなで川の字になって寝ていればいいが、中学、高校と年齢が上がっていくと、何かと窮屈に感じるようになる。きょうだいで性別が違えば余計にそうだ。

 

家が多少狭くても、家族がお互いを尊重し合って仲良くしていれば、多少のことは乗り切れるはずだ。だが、家族の関係に亀裂が生じていれば、それは家庭崩壊の要因になりかねない。

 

筆者の知っている事例を一つ紹介する。

 

●麗奈のアパート

若いシングルマザーのもとで、麗奈は2歳下の弟とともに育った。母親は昼間はホームセンター、夜はスナックで働いていた。家は古いアパートだった。ワンルームしかなかったので、ビニールシートで仕切りを作って「子ども部屋」と「母親の部屋」に分けていた。それでも小学校の低学年くらいまでは、家族3人で仲良く暮らしていたらしい。

 

小学校の高学年になった時、母親は恋人を家に連れ込むようになった。麗奈と弟が朝起きると、ビニールシートの仕切りの向こうに母親と恋人の男性が寝ていることもしばしばだった。麗奈はこの男性の存在が嫌でならず、朝目を覚ますのが怖かった。

 

やがて母親はこの男性と再婚。男性はアパートに住むようになった。ただでさえ狭い家はますます窮屈になった。また、男性は些細なことでいら立ち、父親面をして麗奈や弟を叱りつけるようになった。

 

「家にお前らがいると窮屈なんだ。どこか行ってろ」

 

土日はいつもそう言われて家を追い出された。母親は男性と過ごしたいので何も言わなかった。麗奈はだんだんと家にいるのが嫌になり、中学2年生の頃から友達や先輩の家に泊まるようになった。最初は週に1日の外泊が、2日になり、3日になり、そしてほとんど帰らなくなった。

 

そんな友達や先輩の家には、似たような境遇の不良が出入りしていた。麗奈はそこで勧められるままに違法なドラッグをやるようになった。中学卒業間際、彼女はついに恐喝と暴力で逮捕された。生活のための金欲しさに、後輩の女の子を脅していたのである。その後も、彼女は非行をつづけ、女子少年院へ送られた。

 

母親がしっかりしていれば、いくらアパートが窮屈でも、麗奈が不良グループに入って非行に走ることまではなかっただろう。だが、母親が子どもの気持ちを顧みずに恋人の男性を連れ込むようになったことで、親子の関係が悪化し、最後は麗奈が家を出ていくことになった。

 

この例からいえるのは、子どもは家が狭いという理由だけで出ていくわけではないということだ。そこに家庭の問題が加わることによって、子どもたちは家が狭いことに我慢ならなくなり、家を離れる。次のような方程式があるのだ。

 

住宅の狭さ+家族関係の悪さ=家族の崩壊

 

日本では、10代の子どもが家を出た後に自立して暮らすのは難しい。途上国と違って法律が厳しく守られているため、児童労働をしたり、路上で寝泊まりしたりすることができないからだ。ゆえに、同じような境遇の者同士で固まり、万引き、売春、恐喝といった非行で生きるしかなくなる。