「老後2,000万円問題」クリアで将来を楽観視する53歳会社員
中堅企業で総務部長を務める53歳の男性、高橋健二さん(仮名)。現在の年収は700万円で、コツコツと堅実に増やしてきた預金は2,100万円になりました。投資は全く行っておらず、資産運用は定期預金のみです。若い頃に同僚が株で大きな損をしたのを目の当たりにし、預貯金こそが安全な資産形成と考えるようになりました。
高橋さんは26歳で結婚して、2人の子供がいます。昨年には次男も大学を卒業して、教育費に関する出費の心配はなくなりました。話題になった老後2,000万円問題もすでにクリアしており、今後については非常に楽観的です。
また、定年年退職した先輩によると1,500万円の退職金が出ており、高橋さんも同等の金額を受け取ることが期待できます。高橋さんはこの退職金を使って、悠々自適な老後生活のための大規模なリフォームを計画しているそうです。
あと数年すれば役職定年で、仕事も落ち着くと考えています。奥様とは、これからは趣味や旅行の出費を増やして、楽しみながら生活をしようと話をしています。最近は、長年の夢であった高価なオーディオ機器を購入しました。引退後はその音色に耳を傾けながら、リフォームした自宅で優雅な時間を過ごせればと考えています。
貯蓄も十分で順風満帆に見える高橋さんの将来ですが、その資産ポートフォリオにはリスクも孕んでいます。預貯金という「無難」な選択は、果たして本当に安全なのでしょうか。
安定した家計の背後に潜むリスク
一見余裕があるように見える高橋さんの資産ですが、「資産の100%が預金」という偏ったポートフォリオは大きなリスクを孕んでいるといえます。安全なイメージが強い預金ですが、インフレ、すなわち物価上昇が起こるとその価値は目減りしてしまいます。今ある2,100万円が、将来も同じ2,100万円の価値とは限らないのです。
例えば、生活費に月50万円かかっているとしましょう。年間にすると600万円です。もし仮に物価が10%上昇すれば、同じ生活を維持するのにかかる金額も10%増えるため、年間で660万円必要になります。つまり預貯金として保有している金額が同じでも、物価が上昇した分だけできることは少なくなってしまうわけです。
高橋さんの預貯金は2,100万円と老後を迎えるにあたって十分な額のようにも見えますが、資産を預貯金という形でしか持っていません。これは、インフレに対して無防備な状態といわざるを得ないでしょう。
近年、世界的な物価上昇が報じられています。
2022年のインフレ率(年平均)は、米国が8.0%、ドイツが8.7%、日本でも2.5%でした※1。このようにインフレは現実に大きな問題となっており、お金の価値が減少するということが実際に起こっているわけです。
十分な金額の資産があるように見えても、その全てが特定のものに偏っている状態はリスクがあります。資産を特定のものに集中させてしまうと、ひとつのリスク要因が生じたときに大きなダメージを受ける可能性があるからです。安泰に見える高橋さんのケースでは、物価上昇による資産価値の目減りというリスクに弱いことがわかります。
実はこういったケースは決して珍しいことではありません。それには、過去30年間にわたって日本が置かれていた経済状況も少なからず関係していると考えられます。