自営業・個人事業主の老齢年金は、厚生年金が受け取れる会社員とは異なり、国民年金の受給のみです。そのため、会社員と比べて少ない年金と、自分で貯めた貯金で老後の生活を送ることになります。そんななか、貯金を運用で増やしたい、と高利率の商品に飛びついてしまう人は少なくありません。本記事では、ニックFP事務所のCFP山田信彦氏が、個人事業主だった66歳の女性の事例をとともに、高利率が魅力でも危険が潜む「仕組み債」について解説します。
66歳・元美容師「年金月6万円では暮らせない」…貯金2,000万円を“高利率・仕組み債”に全額投資→半年後に600万円減で呆然「なにかの間違いでは」【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

購入した債券の正体は「他社株転換可能債(EB債)」

村上さんから渡された関係書類に目を通して、FPは説明を始めました。

 

お買いになられた債券は、EB債、正式名称は“他社株転換可能債(=Exchangeable Bond)”と呼ばれるものです。いわゆる“仕組み債”と呼ばれている特殊な債券の一種です。

 

確かにこの債券の年利は5%を超えていて四半期毎に年利率の1/4ずつの金額が支払われることになっています。しかしそれはあくまでここに記載されている対象個別株であるA社の株価がこの債券購入時期と比較して四半期毎の判定日に、村上さんが購入された債券の場合は、70~105%の範囲に収まっている限りです

 

このことは、“内容を理解した”と確認して村上さんが署名された書類に書いてあることなのですが」と前置きして、FPは話を続けました。

 

ここを見てください。対象となるA社の株価が、四半期毎の判定日ごとに債券購入日の基準価格の105%を超える場合は元本保証で繰上償還し、70%を下回る場合はA社の株式で償還して終了と書いてあるでしょう。残念ながら村上さんが購入されたEB債の対象株式は今回の判定日において、そのことをノックインというのですが、70%に抵触してしまい、A社の現物株式で引き取らされて強制終了されることになったのです。

 

今後株価はまた回復するかもしれませんが、現時点では村上さんがその株式を売却しても1,400万円前後にしかなりませんし、もっと下がってしまうかもしれません

 

村上さんはしばらくなにも声を出すことができません。FPも「できれば購入を決める前にご相談頂きたかったのですが」としか答えることができませんでした。

 

「高利率の裏に隠されたリスク」が特徴のEB債

今回村上さんが購入した仕組債の一種であるEB債の特徴は、特定の株式などを対象に「プットの売り」と呼ばれるオプション取引が仕込まれていることです。

 

これは、その株式の株価が基準価格と比較して一定価格範囲に収まるのであれば、オプションプレミアムという名前の危険負担料がもらえます。しかし一方、一定価格以下になるとその現物株式を渡されて、実質的にはその株価の基準価格と下落後の損失を引き受ける義務を負ってしまうのです。EB債はこのような商品設計であり、その危険負担の代償が、通常ではあり得ないような高利率となっているわけです。

 

たとえるならば、これは「保険の仕組み」と同じです。生命保険でも損害保険でも、保険に加入する人は一定の保険料を支払うことによって、万が一の大きな出費に備えます。一方、保険会社はなにも起こらなければその保険料を受け取るだけとなりますが、その代償として保険事故が発生すると保険加入者に対して約束した大金を支払わなければなりません。

 

いわばプットの売りが仕込まれた仕組み債においては、その債券の購入者がリスクを引き受ける保険会社に相当します。よって、「平時」では相対的に高いリターンを期待できる一方、株価下落時には大きな損失を引き受けさせられることになります。

 

今回紹介したEB債を含めて仕組み債の販売では、ほかの預金や債券との比較では相対的に高い利率であっても、買い手の損失発生時とのバランスが取れていないなどの批判が起こり、金融庁もその販売に対して調査、指導に乗り出すことになりました。

村上さんが受け取った株式のその後…

その後村上さんは、受け取った株式を時価で売り損失を確定させることも怖くてできないまま、さらに半年が経ちました。そのあいだに日銀総裁の交代人事や金融緩和を当面継続することの発表があり、為替も円安に戻り始めました。その追い風もあり村上さんが保有させられた株式の時価評価はほぼ2,000万円近くまで戻るという幸運に恵まれ、少額の損失だけで売却することができました。

 

しかし株式はその会社そのものが立ちいかなくなると、理論上はその価値がゼロになることもあります。「債券」という安定感のある響きに包まれた他社株転換可能債(EB債)の本質は、最悪投資金額がすべて消える可能性すらあるという金融商品だということを、販売取扱い証券会社はよりしっかりと説明する必要があるでしょう。

 

 

山田 信彦

ニックFP事務所

代表