1―はじめに…新卒は売り手市場で賃上げ機運も高まる中で将来を担う世代の現状は?
新型コロナ禍も3年目を経て業績が改善した企業等が増え、採用市場は売り手市場との声を聞く。世界的なインフレを背景に賃上げの機運が高まる中で、特に初任給の大胆な引き上げに踏み切る企業が相次いでいる。日本では少子高齢化による生産年齢人口の減少で構造的に人手不足であり、特に地方部や中小企業等では人手不足が慢性化している。今後とも若手人材の獲得競争は激化していくと見られるが、新卒一括採用の歴史が長い日本では、新卒で正規雇用の職に就けなかった場合、経済状況のみならず家族形成状況にも差異が生じやすい。
これまでにも将来を担う世代の経済環境の厳しさや、経済面の影響が家族形成に及ぼす影響について報告しているが*1、本稿では、あらためて統計の最新値等を用いて、その状況を捉えていく。
*1:久我尚子「求められる20~40代の経済基盤の安定化-経済格差と家族形成格差の固定化を防ぎ、消費活性化を促す」、ニッセイ基礎研レポート(2017/5/17)、「求められる氷河期世代の救済-経済格差は家族形成格差、高齢期の貧困・孤立問題を生む」、ニッセイ基礎研レポート(2019/7/2)など。
2―世代間と世代内の経済格差…非正規増加、正規・非正規の賃金格差、正規の賃金カーブ平坦化
1|非正規雇用者の割合の推移~家族形成期における非正規雇用者の増加
総務省「労働力調査」によると、雇用者に占める非正規雇用者の割合は1990年代半ばから上昇している(図表1)。背景には、バブル崩壊後に長らく続いた景気低迷に加えて、1990年代後半には「労働者派遣法」の改正で派遣労働者の適用対象業務が拡大され、原則自由化されたことで、雇用調整のしやすい非正規雇用を取り入れる企業等が増えたことがある。
一方、第二次安倍政権発足以降の2014年頃からは、政府の大規模な金融緩和政策による景気回復によって、企業等の新卒採用が積極化し、若年層を中心に雇用環境が改善したため、男女15~24歳(学生を除く)や男女25~34歳の非正規雇用者の割合は低下傾向を示している。また、2015年には「女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」が成立したことで、特に女性の非正規雇用率は男性と比べて大きく低下している。
とはいえ、1990年と2022年を比べると、つまり、親世代と現在の若者が新卒で就職した時期と比べると、非正規雇用の割合は25~34歳では男性は3.2%から14.3%(+11.1%pt)へ、女性は28.2%から31.4%(+3.2%pt)へと上昇している。つまり、ひと昔前は結婚や子どもを持つことなど家族形成を考える時期にある男性はおおむね正規雇用で働いていたが、現在では7人に1人は非正規雇用という不安定な立場で働いていることになる。これは日本の少子化の進行を考える上で大きな課題だ。
2|雇用形態による年収差…正規・非正規の差は年齢とともに拡大、男性で顕著、学歴でも是正できず
正規雇用者と非正規雇用者では賃金水準に差がある。厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査」より、年齢階級別に正規雇用者と非正規雇用者の平均年収を推計すると、正規雇用者の方が平均年収は多く、年齢とともに差が拡大していく(図表2)。
その差は特に男性で顕著であり、非正規雇用者の平均年収は年齢を重ねても大きくは増えず、45~49歳で約300万円だが、正規雇用者では年齢とともに年収が増加するため、45~49歳で約600万円になり、非正規雇用者の約2倍となる。
同様に、学歴別に平均年収を推計したところ、男性では全ての年齢階級において、大学卒の非正規雇用者は中学卒や高校卒の正規雇用者の平均年収を下回る(図表3(a))。女性でも年齢とともに大学卒の非正規雇用者は中学卒や高校卒の正規雇用者の平均年収を下回るようになる(図表3(b))。また、大学卒同士を比べると、男性は45~49歳で、女性は50~54歳で、正規雇用者は非正規雇用者の平均年収の2倍を超えるようになる。つまり、高学歴であることよりも、正規雇用の職に就いていることの方が、年収を高める効果は大きい。
先に述べたように、ひと昔前と比べて今の若者では、賃金水準の低い非正規雇用者が増えているために「世代間の経済格差」が生じている。加えて、同世代においても、正規雇用者であるか非正規雇用者であるかによって「世代内の経済格差」が生じている。そして、高学歴であっても必ずしも経済格差を是正できるわけではない。