若年層の間で増加傾向にある非正規雇用。経済基盤が不安定なケースが多く、さまざまな問題に直面します。ニッセイ基礎研究所の久我尚子氏が非正規雇用による経済格差と家族形成格差について考察していきます。
求められる将来世代の経済基盤の安定化…非正規雇用が生む経済格差と家族形成格差 (写真はイメージです/PIXTA)

3|雇用形態と女性の生涯賃金…正規では2人出産・時短で2億円超、非正規では休職無しで1億円

雇用形態の違いは当然ながら、生涯賃金にも多大な差をおよぼす。本項では男性と比べて働き方が多様な女性の生涯賃金について、働き方の違いに注目しながら捉えていきたい。

 

2013年に成長戦略として「女性の活躍」が推進されて以降、仕事と家庭の両立環境の整備が進み、30代を中心とした出産や育児期の女性の就業率が上昇し、いわゆる「M字カーブ」は解消に近づいている(図表4)

 

【図表4】【図表5】
【図表4】【図表5】

 

一方で現在は「L字カーブ」が課題となっている。L字とは、横軸に女性の年齢、縦軸に正規雇用者の割合をとって、その関係を見ると、20代後半にピークを示した後は低下し、グラフの形状がL字(が時計回りに少し回転したよう)になっているというものだ(図表5)。前述の通り、正規雇用と非正規雇用では賃金水準に差があるため、正規雇用の仕事を継続した女性と、出産や子育てなどを機に一旦離職し、パートタイムなどの非正規雇用の仕事で復職した女性とでは生涯賃金に大きな差が生じる。

 

大学卒の女性の生涯賃金を推計すると*2、大学卒業後に直ちに就職し(標準労働者で主に正規雇用者)、30代で2人の子どもを出産し、それぞれ産前産後休業と育児休業を合計1年間取得後(2人分で合計2年間)、時間短縮勤務制度を利用して復職し、60歳まで就業を継続した場合は2.1億~2.2億円となる(図表6)。一方、第1子出産時に退職し、第2子就学時にパートタイムで復帰した場合は約6,500万円となり、2人の子どもを出産後も就業継続した場合と比べて1.5億円程度の差が生じる。また、大学卒業後に非正規雇用の仕事に就いた場合は、出産などで休職することなく働き続けても生涯賃金は1.2億円であり、正規雇用で2人の子どもを出産後も就業継続した場合の半分程度にとどまる。

 

【図表6】
【図表6】

 

これらの金額差は、女性本人の収入として見ても、世帯収入として見ても、多大であることは言うまでもなく、配偶者の収入や資産の相続状況にもよるが、特に住居や自家用車の購入、子どもの教育費等の高額支出を要する消費行動に影響を与える。

 

また、女性を雇用する企業等から見れば、出産後も就業を継続していれば生涯賃金2億円を稼ぐような人材を確保できていたにも関わらず、両立環境の不整備等から人材を手離す結果となり、新たな採用・育成コストが発生しているとも捉えられる。女性の出産や育児を理由にした離職は、職場環境だけが問題ではないが、両立環境の充実を図ることは、企業にとってもコストを抑える効果はある。

 

 

*2:詳細は久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計~正社員で2人出産・育休・時短で2億円超、男性並水準で3億円超」、ニッセイ基礎研レポート(2023/2/28)参照。

 

4|正規雇用者の賃金カーブの変化…30・40代で平坦化、10年前より男性で35~49歳の間に▲730万円

正規雇用の職に就くことができれば安泰なのかというと必ずしもそうではない。統計の公表区分が変わったため最新値ではなく、2018年のデータを用いて10年前と比較すると(2020年以降は大学卒と大学院卒を分けて公表、参考までに2022年のデータも掲載)、大学・大学院卒の正規雇用者では30~40代で賃金が伸びにくくなり、賃金カーブが平坦化している(図表7(a)(b))。図中に灰色で示した35~49歳で減少した累積所得は、男性では約730万円、女性では約820万円と推計される。

 

【図表7】
【図表7】

 

賃金カーブが平坦化した要因について、「高年齢者雇用安定法」の改正によって雇用期間が延長されたことで中間年齢層の賃金カーブが平坦化しただけで、生涯所得として見れば変わらない、という説明もあるようだ。しかし、それは同一世代のみに注目した場合の解釈でしかないだろう。例えば、今の新卒世代とその親世代を比べると、既にこれまでの累積所得に差が生じている上、60歳以降の雇用環境が同様とも限らず、雇用期間が延長されたからといって、世代間の経済格差が是正されるわけではない。

 

30~40代は結婚や子育ての家族形成期であり、住居や教育費等の出費がかさむ時期だ。この時期に収入が伸びにくくなると、消費抑制だけでなく家族形成にも影響を与えかねない。一方、2023年の春闘では賃上げの機運が高まっており、今後の賃金動向が注目される。