住宅ローン5,500万円を残して夫に先立たれてしまった妻Kさん。通常、債務者が死亡した場合は、団体信用生命保険によって残りの債務は免除されます。しかしKさんは、夫が死亡したにもかかわらず、住宅ローンの一括返済を求められてしまいました。なぜなのでしょうか? 長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。
年収900万円・35歳の夫、脳卒中による急逝…32歳妻への「住宅ローン5,500万円」一括返済要求の悲劇【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

「期限の利益の喪失」とは?

2022年6月20日、金融庁が預金取扱金融機関へある要請を行いました。ほとんど報道されず注目を浴びることがなかった要請ですが、特に住宅ローンを利用する人にとっては注目すべき内容です。内容を端的に伝えると、「相続の開始を期限の利益の喪失事由とするローン規定を見直す検証を行ってください」というものです。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
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「期限の利益」をわかりやすくいうと、借りたお金はすぐに一括返済する必要はなく、支払期限が来たら返せばいいという意味です。つまり、毎月決められた日に分割で返済すればいいという「分割返済の権利」と思えばイメージしやすいかもしれません。たとえば住宅ローンは何千万円を借りようとも、35年間という期限内で返済すればいいという期限の利益があるのです。この期限の利益を「喪失」することがあります。それはどのような状態か、ローンの取引規定には明記されています。 ある銀行におけるフリーローンの取引規定をみてみましょう。

 

(1)返済を遅延し、翌々月の返済日にいたるも返済しなかったとき。

(2)私的整理の開始、特定調停の開始、破産手続開始、民事再生手続開始もしくはこれらに類する国 内法または国外法上の手続開始の申立があったとき。

(3)手形交換所または電子債権記録機関の取引停止処分を受けたとき。

(4)借主が、債務整理に関して裁判所の関与する手続きを申立てたとき、もしくは、自ら営業の廃止を表明したとき等、支払を停止したと認められる事実が発生したとき。

(5)借主の預金その他の銀行に対する債権について、仮差押、保全差押または差押の命令、通知が発送されたとき。

(6)相続の開始があったとき。

 

つまり返済が滞ったとき、債務整理を行ったとき、差押えらえたとき、そして借りた人が死亡したとき、という意味のことが書かれてあります。

 

ここで見落としがちなのが、(6)の部分。「相続の開始があったとき=お金を借りた人が死亡したとき」には、「期限の利益を喪失する=残債を一括返済しなければならない」という意味です。夫が借りた借金は、夫が死亡したら相続人である妻と子が一括返済しなければならないという規定です。期限の利益を失っているため、分割返済は認められません

 

これが住宅ローンだったらどうでしょうか。債務者である夫が5,000万円を35年返済で借りていたものが、夫が100万円を返済した段階で死亡した場合、妻が残りの借金4,900万円を一括返済しなければならないのです。一括返済できる妻はほとんどいないでしょう。そのため妻は自宅の所有を諦めることになり、住む場所を失います。