住宅購入の際、将来のさまざまなリスクをしっかり想定することは当然です。しかし、リスクを家族間だけの相談で想定しきることは非常に難しいと、長岡FP事務所代表の長岡理知氏はいいます。どのようなことか? 夫の実家の敷地内に家を建てた夫婦の事例をもとに詳しく解説します。
夫の実家の敷地内に家を建てた夫婦…避けられたはずの「家を失うリスク」【住宅専門FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

夫逝去…待っていたのは義母の痛烈な言葉

葬式などひととおりのことが終わり、紗香さんは生命保険の請求手続きを開始。住宅ローンは銀行で加入した団体信用生命保険で残債がゼロになることがわかり安心しました。しかし、生命保険からの死亡保険金はわずか1,000万円。しかも受取人は勇人さんのお母さんになっていました。

 

どうしよう......と不安になりましたが、住宅ローンがない家が残っているし、自分の給料と国からの遺族年金でなんとかなるのではないかと思いかけた頃......義母から呼び出されたのです。敷地内の隣にある義両親の家に行くと、そこには義母がダイニングテーブルに座って神妙にしています。

 

開口1番、切り出されたのは衝撃の言葉でした。


「生命保険の1,000万円をあなたに渡すので、家から出ていきなさい」

 

一瞬なにを言っているのか理解できませんでしたが、義母は言葉を続けます。


「あなたが私たちの土地のなかに住んでいたら、再婚も出来ないでしょう。それに、あの家に住み続けられると将来相続で困ります。建物は1,000万円で買い取ります」

 

それがどういう意味なのか分からず、答えを保留にして相談した先が弊社でした。弊社が詳しい事情を紐解いていくと、お母さんの心情がよく見えてきました。

 

・息子がいなくなったいま、紗香さん親子と同じ敷地で暮らしたくない
・連れ子と勇人さんは養子縁組をしているので、義両親が亡きあと法定相続人となる
・連れ子と、勇人さんのきょうだいで相続争いが起こる
・将来的に、赤の他人である連れ子に土地と建物が相続されてしまう

 

義母としては、相続のことを強く心配しているのです。相続によって、将来的に赤の他人である紗香さんの連れ子に自宅の土地と建物が渡ってしまうことを嫌がっているのが伝わってきました。

 

相続のルールでは養子縁組をした連れ子達は法定相続人となります。勇人さんのご兄弟はみな実家を離れ遠くに暮らしているため、実家の建物と敷地を継ぐことは現実的ではないでしょう。もし家を出て行ったとしても連れ子達が法定相続人になることには変わりはありませんが、義母としてはとにかく土地を渡したくないのだと思います。土地さえ守れたら、法定相続人である連れ子達への相続にはなんらかの対策を取り、極力なにも渡さないはずです。

 

「必ず出ていかなければならないのでしょうか」と紗香さんは心配していました。

 

土地は義父名義ですが、建物は紗香さんの名義だからです。

 

あくまで一般論として、当社が指摘した紗香さんを待ち構える現状は次のようなものです。

 

・義父と勇人さんとのあいだで取り交わされていた土地の使用貸借契約は1度無効となる(民法第597条)
・使用貸借契約の更新を義父が拒めば、原状回復(更地に戻す)して返却しなければならない(民法第599条)

 

ということです。ただし現実的には別の選択があるのかもしれません。これを踏まえて弊社より弁護士をご紹介しました。

 

弁護士からの回答としては、

 

・無理矢理住み続けることで、義父との黙示の土地使用貸借契約が成立する
・原状回復は公平性の観点から紗香さんに請求出来ないとみる
・夫は自分の死後に原状回復をする約束をしていないので、現状回復は不要である
・義両親が紗香さんに退去してほしいのであれば、紗香さんから建物を買い取るほかない

 

つまり住み続けることは可能という現実的なものでした。現状から判断すると、やはり建物の固定資産税評価額に近い1,000万円を受け取って出ていくことがベストと思われます。住み続けることは可能でも、義両親と険悪になり子供たちの教育に悪い影響があるでしょう。

 

ただし1,000万円を受け取っても、紗香さんと3人の子供の生活にはまったく足りません。生活水準を大きく落とすほかなく、子供の教育も奨学金に頼らざるを得ません。新しい住まいを探すところから始めなければならず、厳しい生活が待っているのが想像できます。