黒エルフ「まずは複式簿記でもっとも大切な2つの表について教えるわ。『PL』と『BS』の2つよ」
兄「PLと……」
妹「……BS?」
黒エルフ「PLはプロフィット&ロスの略で、損益計算書とも言うわ。一方、BSはバランスシートの略で、貸借対照表とも呼ぶ」
カキカキ……
黒エルフ「さっそく具体例を見てみましょう。1日の売上は650Gよね。そして仕入れは520G。これを表にまとめるとこうなるわ」
女騎士「売上が仕入れよりも多いな」
妹「この差額が『利益』ですよね?」
黒エルフ「その通り。収益のほうが多ければ黒字、少なければ赤字よ」
カキカキ……
黒エルフ「こうやって収益と費用を左右に並べたものを『損益計算書(プロフィット&ロス)』、略してPLと呼ぶの。……ね、簡単でしょう?」
兄「この『借方』『貸方』というのは?」
黒エルフ「とくに意味はないわ。借方は『左側』、貸方は『右側』というだけの意味よ」
妹「へ~」
黒エルフ「次はBS、貸借対照表ね。まず、あなたたちが今いくらの現金を持っているか教えなさい」
兄「そ、それは……」
妹「800Gです。先月の仕入れ代金を支払ったばかりなので……」
女騎士「そう言えば、今日は8月5日か」
黒エルフ「前月の支払いをすませたばかりだから、月初には現金が少ないのね。……ところで、さっきのチンピラは、ここの営業権を売れば借金を返せると言っていたわよね?」
兄「うん。7万Gくらいになるはずだよ」
黒エルフ「店内の机や包丁、備品は?」
妹「売っても大した値段にならないと思います。2千Gくらいかな」
黒エルフ「以上があなたたちの全財産ってわけね」
カキカキ……
黒エルフ「あなたたちの財産──『資産』を表にまとめると、こうなるわ」
女騎士「ううむ、営業権の価値の大きさが分かるな」
兄「この営業権は父さんが残してくれたんだ。絶対に手放さないよ!」
妹「ここで商売できなくなったら、私たちはもう……」
黒エルフ「ここで商売できなくなったら、あなたたちはよくても路上生活。最悪なら奴隷でしょうね」
兄妹「「うぅ…」」
黒エルフ「そうならないために、あなたたちの抱えている負債の残高を教えなさい」
女騎士「月末に請求書が届く肉の仕入れ代金も、負債の一種か?」
黒エルフ「当然よ。仕入れのときに発生する負債のことを『買掛金』と呼ぶわ」
妹「今月はお肉が少し安かったから、今日の時点で買掛金は2千500Gあります」
兄「1日あたり500G、5日分だよ」
黒エルフ「ほかに、期日の近い借金はある?」
妹「銀行家さんに借りている1万Gのうち、5千Gを来月までに返さないといけません」
女騎士(私が取り立てに来たのはその借金だ……)
兄「それから、女騎士さんへの5万G」
黒エルフ「そっちはいつ返してもいいのよね?」
女騎士「う、うむ…」
カキカキ……
黒エルフ「負債を表にまとめたわ。注意すべきは買掛金ね。今は2千500Gだけど、毎日、仕入れをするたびに増えていく」
女騎士「今月は残り26日間だ。毎日520Gずつ増えるとして……」
黒エルフ「……月末には1万6千20Gに膨らんでいるはず」
妹「ところで、資産と負債の表を比べると、資産のほうが多いと分かりますね」
黒エルフ「その差額を純資産と呼ぶわ」
女騎士「負債のほうが多くなる場合もあるのではないか?」
黒エルフ「ええ、純資産がマイナスになる場合ね。債務超過と言って、いわば『詰んだ』状態よ」
カキカキ……
黒エルフ「こうやって資産と負債、純資産を並べたものを『貸借対照表』と呼ぶの」
兄「この表が何の役に立つの?」
黒エルフ「この表だけでも色々なことが分かるのだけど……そうね、いちばん便利なのは『借金の返済能力』が一目で分かることかしら」
妹「借金の返済能力、ですか?」
黒エルフ「そう。あなたたちの場合、返済期日の近い負債が7千500Gあるのに対して現金は800G、つまり10.7%しか持っていない。借金を返す能力がかなり低いと言わざるをえないわ。破産するのも時間の問題って感じね」
兄妹「「う、うぅ…」」
黒エルフ「『BS』と『PL』は商売をするうえでもっとも重要なパラメータ表だと言えるわ」
女騎士「パラメータ表……つまり、お店や会社の強さが分かるのだな」
黒エルフ「ええ。スライム狩りをしてレベルを上げるべきか、ラストダンジョンに挑むべきか。この表を見れば分かる」
兄「そ、それなら……僕たちの肉屋の『強さ』は!?」
黒エルフ「BSとPLの読み方は追々教えるとして……。まずは正しいBS、PLを作れるようになるべきね。正しい方法で帳簿をつけないと、表の内容がめちゃくちゃになってしまう」
妹「正しい帳簿の付け方、ですか……」
黒エルフ「それが複式簿記よ」