「夫のこと、自分のこと」しか考えない母親に医師絶句
さて母である。
「わたくしは世間をなんにも知らずに嫁いで、主人を親とも思い、すっかり頼りながら生きていました。子どもが生まれないのを申し訳なく思って、一生この人に仕えようと思っていたところに娘が生まれたのです。
この娘を一生懸命育てようと思っておりましたが、あまりに可愛くて、ついつい甘やかしてしまいました。気づけば手遅れで、この子は満足に学校に通うことができない子になってしまいました。
あとはもう、わけのわからないまま、夫への申し訳なさの中で生きてまいりました」
何度も死にたいと思い、娘を殺して自分もと思い詰めたこともあるが、夫を残して自分が先に死ぬことはできないと思いとどまった。なんとも哀れに聞こえるが、しかし、
〈お嬢さんはこれからどうしたらいいと思いますか〉
「えっ、娘ですか……」
言葉が続かないのである。こちらが絶句したいくらいである。娘のことより夫のこと、自分のことなのだ。
「お母さんはどうしたいのですか」に答えられない母親
〈お嬢さんは、お母さんに言われるままにとかお父さんに申し訳ないからとかでなく、自分として生きていこうとなさっています。お母さんはどうなさりたいのですか〉
この母親は何も答えず、うつむいたままいつまでもじいっと座っていた。
年の差婚や社会経験の乏しさ、年齢がいってからの出産など、この母親が毒親となる要因をいろいろ挙げることはできるが、困難を生み出した一番大きな要因は、この母親の自己の未熟さ、幼稚さではないか。そのような母親が珍しくない時代になっているのかもしれない。
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袰岩 秀章
Ph.D.、FJGPA、LP、CCP
国際基督教大学で博士(教育学)を取得後、日本女子大学専任カウンセラー(助教授)を経て埼玉工業大学心理学科教授。
日本集団精神療法学会評議員、公認心理師、臨床心理士。30年以上にわたり、カウンセリングルームで外来相談を続けている。