緋鹿萊斗氏の著書『社会人による社会人のための資本主義とは』より一部を抜粋しお届けしていく本連載。今回は「無償の代償」について考えていきます。
SNSや検索エンジン…便利なサービスを「無料で使える」怖いカラクリ (※写真はイメージです/PIXTA)

無償の代償

地上波テレビの民放局はスポンサー企業の広告料で成り立っています。ですので、コマーシャルは元より番組もスポンサー企業の意向が反映された内容になり、購買欲を煽(あお)るものになりがちです。

 

スポンサー企業からすれば、そのための投資と言いえます。視聴者には無償で番組を提供することで、何らかの消費を期待しています。

 

同じく無料で使えるものに、ウェブブラウザの検索エンジンがあります。こちらはニュース番組などへ、今週の検索ワードランキングといった形で情報提供をしています。

 

検索エンジンを提供している企業は営利企業です。つまり、我々私たちは検索ワードという個人情報を提供する(売る)ことで検索エンジンを無料で使えるのです。

 

同じことがソーシャルメディアにも当てはまります。個人情報を提供する(売る)ことで、各社のサービスを無料で使うことができます。その各社は個人情報をビッグデータ化し、統計データとして販売することで成り立っています。

直接的にはお金を払っていなくても

デパ地下などで見られる試食も似ています。購入する前に味見をしてもらい……、と顧客に寄り添った姿勢であると感じられますが、無償で食べたという負い目からお返しをしたい、すなわちその商品を買いたいと思わせる効果を狙っている部分もあると思います。

 

このように営利企業から無償で提供される様々なサービスに対し、確かに直接的にはお金を払ってはいません。しかし、その代わりに別の何かを払っている(または負っている)ということを忘れてはいけないと思います。