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「雑草の総合管理」が日本で普及しない理由
秋は作物の収穫期であるとともに台風シーズンです。イネは台風に遭遇すると倒れてしまい、大きな損害を受けることから、台風が来る前に散布してイネの草丈を低くする薬剤が作られました。これが倒伏軽減剤と呼ばれるもので、現在は水稲以外にも芝生や法面畦畔において草刈り軽減剤として利用されています。
雑草の制御はコストや効果の点でメリットだけでなくデメリットがあることから、状況に応じて複数の手法を組み合わせることが重要になります。
例えば米糠除草はイヌビエに効きますがコナギにはあまり効きません。ということは除草剤を併用するならばコナギ用の除草剤で十分であり、イヌビエ用の除草剤は不要ということになります。これが雑草の総合管理(IWM:Integrated Weed Management)と呼ばれる技術ですが実際にはあまり普及していません。それはなぜでしょうか。
原因はいろいろありますが、第一に明確な防除目標を立てられないことが挙げられます。前述したように雑草には悪いところだけでなく利用すべきところもありますが、雑草の有用性が分かっていないために残すべき雑草を防除したり、あるいはその逆に防除すべき雑草が残ってしまう場合もあります。
総合防除を始めようにも、そもそも防除の対象がはっきりしていないのですから普及するはずがありません。
除草剤を上手に使いこなすには相当の知識や経験が必要
雑草の管理方法が非常に複雑なことも原因の一つと考えられます。現在、日本では除草剤だけでも200種類近くが登録されており、その上、薬量、散布時期、対象雑草、対象作物が薬剤によって異なることを考慮すると、除草剤を上手に使いこなすためには相当の知識や経験が必要になります。
さらに、雑草学や農薬学の専門家が少なく、技術者を養成する大学などの高等教育機関が限られているのも大きな原因かも知れません。結局、雑草と雑草制御に関する正しい情報が不足しているために、除草剤を否定した有機栽培を目指すのか、それとも除草剤に過度に依存して挙げ句に抵抗性雑草を出してしまうのか、そのどちらかではないかと考えられます。
そして一戸当たりの耕地面積です。これが実は総合防除が普及しない最大の原因かも知れません。耕地面積が広ければ、成否は別として米国で広く普及している遺伝子組換え作物のように効率を重視した制御技術を指向せざるを得ませんが、面積の狭い日本では、刈り払い機か除草剤で十分です。
雑草が耕耘方法や田畑転換を組み合わせることによって減ることは分かっていても、そのために余分な作業が増え、兼業農家ではその作業に充てるための労力も時間もありません。結局、手っ取り早く除草剤に頼ってしまうということになります。
これが総合管理の普及しない原因といえます。
雑草の発生量を一定の水準以下に制御すべきだが…
人の暮らしが雑草の繁茂によって悪化しないようにするためには、雑草の発生量を一定の水準以下に制御する必要があります。
一方、雑草の制御方法には、除草剤を始めさまざまな方法があり、環境に優しいと考えられていた生物的な雑草の制御方法にも多くの課題が残されていることが分かりました。
このことは最適な雑草の制御方法とは何かを考え直さなければならないことを示しています。除草剤は本当に自然環境を破壊し、百害あって一利もないものなのでしょうか。
なぜ病害虫や雑草から作物を守らなければならないのか
農薬は病害虫や雑草から作物を保護するためのものですが、そもそもなぜ、病害虫や雑草から作物を守らなければならないのでしょうか。それは作物が人為的な保護なしには生きていけない弱い植物だからです。
まず作物の弱さについて考えてみましょう。作物の定義には、「馴致せられた植物(Darwin:1867年)」や「人と共生的な関係にある植物(森永:1951年)」などがあります。しかし、前述で述べたように、作物の祖先が雑草や野草であることを考慮すれば、「食用に資する形質を最大化させた雑草由来の植物」と定義することもできます。
植物は図に示すように紫外線、乾燥、低温、動物、隣接する他の植物、昆虫、微生物などから受けるストレスに対してさまざまな防御機構を発達させています。
ビタミン類は紫外線によって生成された活性酸素を無毒化し、リグニンはリスなどの貯食動物による果実の摂食に一時的なブレーキをかけます。また、水の蒸散や乾燥を防ぐために、葉の表面はワックスで覆われています。さらに、植物は病原菌に感染すると、ファイトアレキシンと呼ばれるクマリンやフラボノイドなどのポリフェーノル類を体内で生合成して微生物から自身を守ろうとします。
これらのビタミン類、リグニン、ワックス、ファイトアレキシンなどは自己防御物質と呼ばれており、「エグ味」の元になっています。「エグ味」が強すぎて食用に向いていないのが雑草(野生種)であり、育種改良によって雑草から「エグ味」を取り除いたのが作物と言い換えることもできます。
植物工場で作られた野菜が露地栽培の野菜より食べやすいのは、紫外線がカットされた環境で作られていることから、ビタミン含量が低くエグ味が少ないためと考えられます。野菜を食べる目的はビタミン摂取であり、これでは野菜を食べる意味がなくなってしまいます。
食味とストレス耐性はtrade-offの関係にあり、一方が良くなれば他方はダメになり、両方が良くなることはありません。病害虫抵抗性や耐冷性の作物を育種することはできますが、美味しさを兼ね備えた作物となると、かなりハードルは上がります。
雑草から自己防御物質を作る能力を除去したのが作物ですので、作物は自然条件下で生きて行くことはできません。だから作物を守るために人為的な保護が必要になるのです。そして保護のための資材の一つが農薬だということです。
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小笠原 勝
1956年、秋田県生まれ。1978年、宇都宮大学農学部農学科卒業。1987年、民間会社を経て宇都宮大学に奉職。日本芝草学会長、日本雑草学会評議委員等を歴任。現在、宇都宮大学雑草管理教育研究センター教授、博士(農学)。専攻は雑草学。 主な著書「在来野草による緑化ハンドブック」(朝倉書店、共著)「Soil Health and Land Use Management」(Intech、共著)「東日本大震災からの農林水産業と地域社会の復興」(養賢堂、共著)研究論文多数。