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除草剤には雑草のみ枯らす能力(選択性)が求められる
化学除草の主流は有機合成化合物の除草剤で、現在、水田や畑などの農耕地やゴルフ場などの芝地で広く用いられています。除草剤は殺菌殺虫剤と同じように農薬に含まれますが、これらの資材には本質的に異なる点が幾つかあります。
殺菌剤はウイルス、バクテリア、糸状菌などの微生物を防除するもの、殺虫剤は害虫を防除するもの、除草剤は雑草(植物)を防除するものといった防除対象の違いではありません。
一つは選択性という概念です。除草剤には作物の成長を阻害せずに雑草だけを枯らす能力(選択性)が求められます。除草剤の中には、ケンタッキーブルーグラス(牧草)の成長を阻害せずにスズメノカタビラ(雑草)を枯らすものさえあります。どちらも植物でしかも科(イネ科)も属(イチゴツナギ属)も同じです。したがって生態や形態の似通った雑草と作物の間に高い選択性を有する除草剤を開発するために、さまざまな工夫が必要になります。
一方、殺虫剤と殺菌剤にも作物と害虫および作物と微生物との間に選択性が求められますが、そもそも植物と昆虫や微生物では基本的な生活様式が全く異なることから、選択性をあまり考える必要がありません。
除草剤は、水溶性でないと植物に吸収されず効果がない
水溶解度も除草剤と殺虫殺菌剤で大きく異なる点です。植物は栄養分を水に溶けた形で根から吸収することから、除草剤も水に溶けないと植物に吸収されず効きません。
一方、昆虫の体表面はワックスで覆われており、糸状菌の菌糸も撥水性に富んでいることから、殺菌剤と殺虫剤は高い効果を発揮するために、どちらかといえば水よりも油に溶けなければなりません。
実はこの水溶解度や脂溶性が生態系における農薬の挙動に密接に関わっており、水に溶けやすい(親水性)ということも除草剤の特徴の一つに挙げられます。
硫酸銅、水銀…殺菌剤はもともと鉱物(無機物)だった
また、除草剤と殺菌・殺虫剤では起源も異なります。硫黄は紀元前1000年頃から燻蒸剤や殺菌剤として使われていました。
石灰硫黄合剤、硫酸銅、水銀も19世紀初頭から果樹類のうどん粉病、ジャガイモ疫病、種子殺菌用として農業場面で広く使われていました。
硫酸銅と石灰の混合剤のボルドー液は1882年にフランスでブドウのうどん粉病用に作られた殺菌剤ですが、現在でもキュウリベト病やイネイモチ病などに使われています。このように、殺菌剤はもともと鉱物(無機物)でした。
タバコ、除虫菊、デリス…殺虫剤の起源は「植物」
殺虫剤はどうでしょうか。
ナス科のタバコ、キク科の除虫菊、マメ科のデリスには、それぞれ殺虫成分のニコチン、ピレスロイド、ロテノンが含まれており、これらの植物は古くから殺虫剤として利用されていました。
植物の中には動物の食害から身を守るための自己防御物質を生産するものがあり、人がこれを殺虫剤として利用していました。つまり殺虫剤の起源は植物ということになります。
つい最近まで、除草の手段は「家畜・人力」だけだった
ところが除草剤には起源などというものがありません。塩が除草資材として検討されたことがあったようですが、高価であったことと土壌を劣化させることから普及しませんでした。
農耕が始まったとされる1万年前からつい最近まで、家畜による除草か人力による手取り除草だけに頼っていたといえます。有機合成除草剤が開発されたのはわずか70年ほど前のことです。
1944年に2,4-Dが開発されるまで、もっぱらテデトール(手で取るのダジャレです)で対応していました。この点も除草剤と殺菌殺虫剤の大きな違いといえます。
ちなみに虫を殺すから殺虫剤、菌を殺すから殺菌剤ですが、なぜ草を殺すのに殺草剤としなかったのでしょうか。
真意のほどは定かでありませんが、すでに野ネズミを殺すための殺鼠剤という農薬の区分があり、殺鼠剤と殺草剤は音の響きが似て混同しやすいことから、両者をはっきり区別するために殺草剤ではなく除草剤と名付けられたという説があります。
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小笠原 勝
1956年、秋田県生まれ。1978年、宇都宮大学農学部農学科卒業。1987年、民間会社を経て宇都宮大学に奉職。日本芝草学会長、日本雑草学会評議委員等を歴任。現在、宇都宮大学雑草管理教育研究センター教授、博士(農学)。専攻は雑草学。 主な著書「在来野草による緑化ハンドブック」(朝倉書店、共著)「Soil Health and Land Use Management」(Intech、共著)「東日本大震災からの農林水産業と地域社会の復興」(養賢堂、共著)研究論文多数。