本記事では、桃山学院大学経済学部教授の中村勝之氏が、大学の総数が増える現代日本における、教育改革の問題点について解説します。
大学の教育改革「とりあえずカリキュラム変更」が無意味なワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

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大学教授が「高校への出前講義」で得た気づきとは?

20年近く前から、高校における進路選択イベントの一環で、大学教員を直接招いて大学の講義の雰囲気を体験する「出前講義」が実施されるようになった。

 

筆者はそこに招かれた際にも時折受講アンケートを行っていたが、わずか5分程度で参加者全員がものすごい文章量の感想・質問を書いていた。その高校は県下でも有名な進学校であった。

 

そこで、出前講義に出向くたびに受講アンケートを実施し、参加者の記述内容・文章量と偏差値を照合してみた。すると、偏差値の高い高校ほどたくさんの文章を書く傾向にあることを発見した。

小・中学生への調査で判明した「AL」と「学力」の関係

これに関連して、興味深い先行研究がある。苅谷剛彦たちは、2001年に関西圏の小・中学生2,202名を対象に学力テスト(国語および算数・数学)と生活・学習アンケートを実施した※1

 

その結果の1つは、「調べ学習の時は積極的に参加する」「グループ学習の時はまとめ役になることが多い」といった、AL(アクティブ・ラーニング)の実践に重要と思われる児童・生徒の学びの態度に対する回答が成績上(下)位者ほど高(低)く、有意差があることを見出した。

 

そして、志水宏吉たちは、苅谷たちと同様の調査(関西圏の小・中学生2,828人対象)を2013年に実施した※2。ここでは従来の学力テストとしての「A問題」に加えて、思考力・判断力・表現力などを測る「B問題」が設定されていた。その主要な結果を紹介すると以下の通りであった。

 

・前回調査(2001年)に比べて、中学校数学を除いて平均点が上昇した。

・国語、算数・数学ともA問題とB問題の成績に高い相関が観察された。

・授業スタイルの変化について、「宿題が出る授業」「自分で考えたり、調べたりする授業」「自分たちの考えを発表したり、意見を言い合う授業」について、「よくある」と回答した生徒・児童の割合が有意に上昇した。

 

授業スタイルについて、有意に上昇した項目はいずれもALの実践を想起させる。これを踏まえると、学力(A問題)の回復傾向は思考力・判断力・表現力など(B問題)の獲得によるところが大きい、すなわちALが学力を回復させたと志水たちは評価している。

 

※1: 苅谷剛彦・志水宏吉・清水睦美・諸田裕子『調査報告「学力低下」の実態』岩波ブックレット、2002 年。

※2:志水宏吉・伊佐夏実・知念渉・芝野淳一『調査報告「学力格差」の実態』岩波ブックレット、2014 年。

学力がなければ、ALに意欲的に取り組もうとしない

先ほどの先行研究は小・中学生対象とはいえ、「AL→学力」と「学力→AL」という相互関係があることが見えてくる。学力がなければALに意欲的に取り組もうとしない、かつALに取り組まなければ学力がつかない、こういうことである。この相互関係性は高等教育にも引き継がれると想定するのが自然だろう。

 

すると、中堅私学に在籍する中心的学生層(マーケティングの世界で言われるボリュームゾーン)には、教員が想定する基礎学力はもちろんのこと、学ぶ意欲すら欠如した者が無視できない割合で存在すると考えられる。

 

このとき、中堅私学において無前提に高度なALを実践することは、却って学びから逃避する格好のチャンスを与えるのではないか? 

 

学びから逃避しがちな学生たちが、実社会に出て仕事に真正面から向き合えるのか? ※3

 

中堅私学でALを実践するならば、それ以前にやるべきことがあるのではないか? 

 

※3:社会人対象の調査において、偏差値49以下の大学を卒業した者は在学中にも卒業後にも資格取得しておらず、自己啓発活動すら行われないという結果もある。この結果は、一度学びから逃げた者は資格取得や自己啓発といった、仕事上必要と思われる知識の獲得からも逃げがちになることを示しており、より深刻に捉えなければならない。河野志穂「誰が資格を取得するのか 大学在学中と卒業後の資格取得の規定要因」本田由紀(編)『文系大学教育は仕事の役に立つのか 職業的レリバンスの検討』ナカニシヤ出版、2018 年、pp.61-87。

「カリキュラム改革」だけに尽力しても意味がない

大学は文科省から言われる随分前から定期的に教学改革を進めてきた。その目玉がカリキュラム改革である。

 

だが、新規科目を開講したり、科目群の配置を調整してみたところで、それを実践する教員の顔ぶれはほぼ変わらない。だから、姿が変わっても内実はほぼ同じ結果になり、何のためにカリキュラム改革をしたのかが見えなくなってしまう。

 

ならば、《教員個別の教授スキルを向上するための手段を検討しよう》と提言しても、まず取り合ってもらえないのが現状である。この現状を変えるなら自ら変わってみるしかない。組織変革よりも自己変革、こうした想いが日増しに強くなってきている。

 

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中村 勝之

 

山口県下関市出身。大阪市立大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。桃山学院大学経済学部教授。専門は理論経済学。著書に『大学院へのミクロ経済学講義』(2009年、現代数学社)『〈新装版〉大学院へのマクロ経済学講義』(2021年、現代数学社)『シリーズ「岡山学」13 データで見る岡山』(共著による部分執筆、2016年、吉備人出版)がある。