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文科省は大学に「PDCAサイクル」履行を求めている
大学を挙げた授業改革とその証拠をそろえるための教学IR活動、これらを円滑に運営させる方法だと言われているのがPDCAサイクルである。
元来、これは製造現場における生産管理手法として提唱された考え方であるが、教学改革のシンポジウムなどでスピーカーが登壇すると、必ずと言っていいほど耳にする単語である。
だが、文科省がPDCAサイクルの円滑な履行を求めるということは、これまで各大学独自に構築してきた運営手法が半ば強制的に再構築させられることを意味し、多くの大学関係者から懸念の声が上がっている。
たとえば、古川雄嗣は(1)人間の物象化、(2)経営学的な無理解、(3)トップダウンであること、の3つの点からPDCAサイクルによる大学改革に批判的な検討を加えている※。
古川雄嗣「PDCAサイクルは「合理的」であるか」藤本夕衣・古川雄嗣・渡邉浩一(編)『反「大学改革」論若手からの問題提起』ナカニシヤ出版、2017年、pp.3〜22。
この懸念についてのこれ以上の言及は避けるが、組織変革をも含んだ文科省の大学改革の方針について、私の専門とする経済学の基礎理論の話からアプローチしてみよう。
経済学の視点から考える「文科省の大学改革の方針」
代表的消費者は、利用可能な資源・情報を駆使して自身の効用を最大にするようにさまざまな選択を行う。
代表的生産者も同様に、利用可能な資源・情報を駆使して自身の利潤を最大にするようにさまざまな選択を行う。そして、それぞれの思惑をもって消費者と生産者が市場で出会い、さまざまなプロセスを経て取引が実現する。
そのもとで資源は効率的に配分され、消費者・生産者は当初の目的を達成できる。上記の話は完全競争とよばれる市場概念のもとで描かれるストーリーである。
大学業界を理解する上で重要な「3つのポイント」
もちろん、大学業界は厳密な意味での完全競争に該当しないが、この話において、大学業界を理解する上で重要な点が3つある。
1つ目は消費者・生産者の選択に政府が関与しない点。
2つ目は政府が関与すれば消費者・生産者の行動が歪められ、社会にとって望ましくない結果を招きかねない点(例外はある。教育がその1つ)。
3つ目は政府が直接関与しなくても、消費者・生産者が資源・情報の取り扱いを間違えると早晩市場からの撤退を余儀なくされる点である。
特に3つ目に関して言えば、高等教育のユニバーサル段階への移行と少子化が同時に進むと、先細りする顧客の獲得をめぐって苛烈な競争が繰り広げられることは容易に想像がつく。
「大学政策」が、大学業界に過剰な競争を強要している
これまでは大学への新規参入や学部増設といった数的競争を繰り広げてきたが、在籍者数が頭打ちになって以降は教育サービスの中身、すなわち質的競争へ変質し始めている。そうなると、教育サービスの質が顧客満足度を満たせなければマーケットシェアを失うのは必定であって、そうしたプロセスを経て維持できない大学が淘汰されるのである。
このように、教育業界は公益性の高い部門であるとはいえ、以前から競争は繰り広げられており、そこに政府が介入する必然性はあまり高くない。
ところが、今文科省が推進している大学政策は過剰な競争を大学業界に強要している印象がぬぐえない。
市場外部からの圧力が強いほど抵抗する力も強力に作用すると考えるのは自然であり、それが却って当初の改革の目的が達成できない結果になりはしないか? そのことで大学の体力が無駄に削がれる結果になりはしないか? 逆に、本来淘汰されるべき大学を温存する結果になりはしないか?
これらはいずれも先に述べた政府が経済活動に介入することから生じる歪みであるが、経済学者の立場から文科省の方針と大学業界の現状を眺めるにつけ、こうした懸念が頭から離れない。
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中村 勝之
山口県下関市出身。大阪市立大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。桃山学院大学経済学部教授。専門は理論経済学。著書に『大学院へのミクロ経済学講義』(2009年、現代数学社)『〈新装版〉大学院へのマクロ経済学講義』(2021年、現代数学社)『シリーズ「岡山学」13 データで見る岡山』(共著による部分執筆、2016年、吉備人出版)がある。