物価が安く、気候が温暖なフィリピンでセカンドライフを送る年金生活者は少なくない。彼らの間には、知らない者はいないといっても過言ではない、草分け的存在の女性が存在する。退職者の海外移住が日本で話題となり始め、彼女が移住した当時について、ノンフィクションライターの水谷竹秀氏が解説する。 ※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
「老人の輸出か!」といわれた移住だが…フィリピンでの年金生活「先駆者」の実に贅沢な暮らし (マニラ湾に沈む夕日は「東洋の真珠」とも呼ばれるほど 撮影:水谷竹秀氏)

移住候補地が、欧米から東南アジアへ移行したワケ

この計画の原案にもあるように、当時はまだ、欧米が退職者にとっての海外移住先と考えられていたようだ。

 

スペイン政府観光局が86年半ばから半年間開いた移住セミナーには、のべ1000人程度が集まった。同国南部のコスタ・デル・ソルという、地中海に面する海岸線には日本人夫婦数十組がすでに生活をしており、一部の層で人気を博していた。

 

87年に新潮社から出版された『第2の人生いい処(とこ)見つけた』(桐山秀樹著)でもその地がトップバッターとして紹介されているほか、フランス、ポルトガル、カナダ、オーストラリア、中南米、アメリカなど主に欧米が移住先として取り上げられていた。

 

しかし、欧米圏は日本からの飛行時間が10時間前後かかり、航空券の価格や生活水準などの条件に鑑(かんが)みれば、一般の退職者にとって海外移住先としては現実的でない。所詮、高嶺(たかね)の花だったのだ。

 

ところが、日本でバブルが崩壊した1990年代初頭以降、タイやマレーシア、フィリピンなどの東南アジア諸国が経済成長を遂げ、退職者の移住先として注目を浴びるようになった。

 

ロングステイ財団の『ロングステイ調査統計2014』によると、海外でロングステイ(原則2週間以上の滞在)する人口の推計は、バブル崩壊時の1992年に約90万7000人だったのが、21年後の2013年には約155万6000人へと60万人以上増えた。

 

有効回答数約4000人(62%が50代以上)を得られたアンケート調査では、2013年度のロングステイ希望国または地域第1位はマレーシアだった。以下、2位がタイ、3位ハワイと続き、私が住むフィリピンは6位で、ベスト10のうち5ヵ国はアジア諸国(その他はシンガポール7位、インドネシア10位)だった。欧州の国は1ヵ国も入っていない。

 

カメラのレンズを向けるだけで無邪気に集まるフィリピンの子供たち
カメラのレンズを向けるだけで無邪気に集まるフィリピンの子供たち

 

フィリピンで永住に必要なビザは現在、主に特別居住退職者ビザ(以下、退職者ビザ)と結婚ビザの2種類ある。結婚ビザは配偶者がいるのが前提だが、退職者ビザは35歳以上の外国人であれば原則誰でも取得できる。

 

指定の銀行口座に納める定期預金額は、年齢などの条件によって異なるが1万〜5万米ドルで、隣国タイ、マレーシアに比べて安く済む上、更新の必要もない。

 

この退職者ビザの制度がフィリピンで始まったのは1987年だった。長年続いたマルコス独裁政権を民衆の力で崩壊させたピープルパワー革命が起きた翌年のことである。