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「医師」や「助産師」の立会わない出産を望む妊婦たち
病産院で医療が管理・介入する出産が増加する中、自然出産を望み、意図的・計画的に医師や助産師といった専門家の立会わない環境で、家族や知人と出産する人たちが存在します。
医師や助産師の立会わない出産は、日本では一般的に「無介助分娩」と呼ばれる出産です。
助産師である筆者は2011年に北海道に移住し、初めて無介助分娩の体験者に出会いました。
北海道は、広大な地理的条件の中で出産施設が偏在し、妊婦が片道1時間以上かけて妊婦健康診査(以下略して「妊婦健診」)に通うのは珍しいことではありません。3時間近くかけて通院することもあるようで、病院では、出産の際、病院に到着する前に生まれてしまうのを防ぐために、陣痛が始まる前から入院させ、誘発分娩を行うといった策がとられていました。女性が産み場所や産み方を選択することができない出産環境に驚き憂えていた頃のことでした。
その後も北海道のあちこちで意図的・計画的に無介助分娩を行う人たちがいることを知り、大阪の診療所で自然出産の推進に取り組み、産む喜びを体験した女性を数多く見てきた助産師としてはあまりにも衝撃が大きく、安心かつ安全な出産を保障するためには、なぜ意図的・計画的に無介助分娩を行う人がいるのか調べる必要があると思いました。
「無介助分娩は危険」日本助産師会が妊婦に呼びかけ
当然ながら医療者は、無介助分娩に否定的です。例えば、日本助産師会は、HP上で妊産婦に向け、「医師・助産師のいないところでの出産(無介助分娩)は危険です、絶対にやめましょう」と呼び掛けています。
また、医療機関で行われた調査では、「無介助分娩を希望した6名の妊婦・8例の妊娠に、医療機関と保健師が電話や自宅訪問で施設分娩の説得を試みた結果、3例が病院での出産に同意し5例が無介助分娩を行い、5例の内1例が死産となった。このことから、医療関係者の積極的な関与が無介助分娩を減らすことにつながる」と報告されています。
医療機関と行政が協力し、なんとか無介助分娩(以後、プライベート出産と表記)の選択を思いとどまらせようとしていることがわかります。他には、無介助分娩の情報源を調査し、「情報源はネットのサイトが多く、成功者の体験談を読み、偏った情報から妊婦が無介助分娩を希望する危険性があることや、無介助分娩の賛成者は、母児の異常の早期発見の必要性そのものを軽視していることが問題」と述べられたものもあります。
出産の医療化、国の政策などがプライベート出産を生む
海外でもプライベート出産(無介助分娩と同義:本人が意図的・計画的に医療者の立会わないプライベートな環境で出産することを決め、準備も整えて行う出産で、かつそれを当事者が自己開示する出産)を行う動きが見られており、これは"freebirth"や、"Unassisted Childbirth(UC)"などと呼ばれています。
『妊娠と出産の人類学―リプロダクションを問い直す』の著者、松岡悦子によるとイギリスのfreebirthは、出産の医療化が進み、助産師の業務範囲がガイドラインで規制され、女性が助産師の立会いによる出産を望みにくい状況になったことが影響しています。
例えば、帝王切開後の出産で経腟分娩を望む女性が、freebirthを選択していることが報告されています。一度帝王切開で出産すると、自宅出産を希望しても、ガイドライン等の規制によって国民保健サービス(NHS:National Health Service)の助産師の立会いによる出産を望めないからです。
アメリカでも、帝王切開後の出産でUCを考えるなど、医療の管理下で納得のいかない出産を体験し、次の出産の際、UCを行う人がいることが報告されています。
私は、日本も同じことが起こっているのではないか、すなわち出産の医療化と、国の政策やガイドラインによる規制といった社会のシステムが、プライベート出産を生み出しているのではないかと考えています。
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市川 きみえ
助産師
清泉女学院大学大学院看護学研究科・助産学専攻科・看護学部看護学科 准教授
1984年大阪市立助産婦学院卒業。大阪市立母子センター勤務の後、医療法人正木産婦人科にて自然出産・母乳育児推進に取り組み、2011 年より助産師教育・看護師教育に携わっている。2010年立命館大学大学院応用人間科学研究科修士課程修了 修士(人間科学)。2018年奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了 博士(社会科学)。2021年より現職。
著書に『いのちのむすび─愛を育む豊かな出産』(晃洋書房)がある。