新型コロナウイルス感染拡大の影響で、教育現場ではリモート授業の導入が進んでいます。本記事では、慶應義塾普通部、東京海洋大学、早稲田大学等で非常勤講師をしながら「海外教育」の研究を続ける、本柳とみ子氏の著書『日本人教師が見たオーストラリアの学校 コアラの国の教育レシピ』より一部を抜粋・再編集し、教育先進国である「オーストラリア」の教育現場について、日本と比較しながら紹介していきます。
日本とオーストラリア…学校の「科目選択」の決定的な違い (※写真はイメージです/PIXTA)

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豪州教師が準備に奔走「学生向けの科目説明会」とは?

ゴールドコーストにあるハイスクール。その日は、授業が終わってもほとんどの教師が帰宅せず、忙しそうに動き回っていた。夕方から新年度に向けた9年生と10年生対象の科目説明会が開かれるのだという。

 

後期中等段階の11年生と12年生は高等教育への準備教育と位置づけられているので、進路につながる科目を履修する。そして、その前段階の9年生と10年生は後期中等段階につながる学習をしておく必要がある。履修科目の選択はとても重要だ。

 

会場となっている体育館には、いたるところに教科のブースが設けられ、資料が展示されている。ほとんどが担当教師の手作りで、どんなことを学習するか、評価はどのように行われるか、費用はどれくらいかかるか、どのような進路につながるか、学習する意義は何かなどを記載した資料も置かれている。

 

興味深いのは、それぞれの科目を履修することにどのような意義があるか、どのような職業に就けるかを具体的に示していることだ。

音楽や地理、日本語を履修するメリットは…

たとえば、音楽では、将来の職業として教師、音楽セラピスト、エンターテーナー、音楽インストラクター、作曲家、編曲家、音声技師、舞台監督、視聴覚技師などが挙げられている。

 

地理を学習する意義は次のように記されている。

 

「地理の学習は、出かけたりフィールドワークをしたりするときにも役立ちます。科学を学ぶ上でも必要な分野です。地理の知識は様々なキャリアに役立ちます。たとえば、都市計画、教職、建築、環境、行政、ジャーナリズム、鉱山、地学、環境保護、旅行業などがあります。この中には近年の気候変動に伴って、経済分野で需要が高まりつつある業種が多数含まれています。地理には直接関係ないように思えるものでも、実は深くつながっているのです」。

 

日本語についてはどのように記されているか見てみた。

 

「グローバル化する世界の中で、日本語ができると就職にとても有利です。日本では、教育、ビジネス、ホスピタリティー、観光、政府機関、国防など多様な分野で、日本語のスキルを持った外国人材を求めています。オーストラリア国内でも、言語のスキルは芸術、教職、マーケティング、IT、商業、ビジネス、法律、科学、工業など多様な分野で役立ちます」。

 

科目を選択する際に、すべての生徒がこうしたことまで考えているとは思えないが、少なくとも将来のキャリアを考えて科目を選ぶことが重要だというメッセージにはなるだろう。

著者が実感した、日本と豪州の科目選択の決定的な違い

相談会は午後5時過ぎに始まった。生徒と保護者が次々に集まり、ブースを回っている。資料を見ながら親子で相談したり、教師に質問したりしている。教科によっては実演してみせるものもある。さながら企業の説明会か新製品の発表会のようだ。教科間の履修者獲得競争のようでもあり、見ているだけで楽しい。保護者も生徒も概して真剣だ。

 

説明会が終了したのは午後8時前。昼間とは異なる雰囲気に包まれた時間だった。親子で子どもの将来を考えて履修科目を決めるということは日本ではあまりない。中学生の段階で将来を考えて科目を選択することもほとんどない。そもそも、日本は選択科目の幅が狭く、あったとしても自分の好きな分野を選んだり、友人と同じものを選んだりすることが多い。キャリアに直接結びついた学習も少ない。進路学習は学級活動の時間などに抽象的な形で行われることが多い。

 

生徒にとって将来は漠然としたものでしかない。現在の学習が自分の将来にどう結びつくかを考えながら科目を選択し、学習に取り組むことは重要ではないかと思う。

 

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教育学博士
本柳 とみ子


公立中学校で26年間教鞭をとったあと、大学院で海外の教育について研究を始める。その後、慶應義塾普通部、東京海洋大学、早稲田大学等で非常勤講師をしながら研究を続ける。2012年、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)