「ピンヒールを履いた象」に踏み潰されたら…
水の力は、鉄を切るだけではありません。例えばコンクリートを切断したり、砕いたり、こびりついた汚れを落としたり、塗装を剝がしたりとさまざまなことができるのです。この水の力は「ウォータージェット工法」と呼ばれる、高圧力の水を噴射する技術で実現されるものです。
圧力のことを身近に感じていただくために、例え話をします。 ピンヒールを履いた女性に、思い切り足を踏みつけられたと想像してみてください。下手をすると靴に穴が開いてしまうかもしれません。もちろん足も無事ではすまないでしょう。かかとが平らなビジネスシューズならそうでもないのに、ピンヒールは恐ろしい。これは、重さが狭い面積に集中するからです。
次に、ウォータージェットで使用する水圧をこれに例えて説明を試みてみましょう。ピンヒールを履いた象を想像していただけますか? 象の体重といったら4tほど、ピンヒールのヒール部分は1cm四方。こんなピンヒールを履いた象が力を込めてステップを踏んできたら......イメージするだけで恐ろしいことです。もしかしたら、道路すら砕いてしまうかもしれません。 これが高圧水を集中させてコンクリートの構造物を「水の力でたたき割る」原理です。
3.11の被災地でも役立った知られざる水の力
忘れもしない2011年3月11日。仕事に没頭していた私は、大きな揺れを感じて我に返りました。幸いにも本社のある名古屋市守山区では、震度3を観測するにとどまり大きな被害もありませんでしたが、その後もしばらく余震は続き、その揺れの強さはこれが普通の地震ではないことを物語っていました。
この時、宮城県北部を中心に最大震度7の大地震が発生していたのです。地震の情報を得るためにつけたテレビには、既に津波が押し寄せる衝撃的な映像が流れていました。情報を収集していくと、地震そのものよりも津波の被害が大きいということがわかってきました。
さらに、東北から関東にかけて石油コンビナートで火災が発生していることも報道されていました。千葉県の石油コンビナートの火災では、高さ30mはあろうかという爆炎の燃えさかる映像が流れ、ショックと不安をかき立てるには十分すぎるものでした。過去に例をみない高圧ガスタンクなどの大規模火災であったため有効な消火活動が行えず、火災の鎮圧を確認したのは8日後の3月19日の夕方、鎮火をみたのは21日の朝という大事故でした。
そして、東日本大震災のショックに日本全体が沈んでいた4月中旬、当社に突然の連絡が入りました。「あの石油コンビナートの火災について調査したいので、損壊した球形タンクを切断してほしい。しかもゴールデンウィーク中に実施したい」という依頼でした。
カレンダーを見ると準備期間はわずか2週間。その間に、作業計画と費用見積りを出し、要員と設備の手配を済ませる必要がありました。大変な作業でしたが、震災の被災地に力を貸したいという思いが強く、準備をやり終えて4月の終わりには現地入りすることができたのです。
当社にこの依頼があったのには理由がありました。石油コンビナートという場所のため火気厳禁という制約があり、鉄を切る方法として広く普及しているガスでの切断は検討することができなかったからです。ノコギリなどを使っての切断も、摩擦により火花が散ってしまいます。
すべての制約をクリアする唯一の手段が水の力、ウォータージェットによる切断だったため、その技術のエキスパートである当社に白羽の矢が立ちました。化学プラントや発電所でのメンテナンス実績が多数あり、このような火気厳禁の現場に慣れているということも大きな理由でした。
この作業では、直径20mという大きな球形タンクを上下半分に切り分け、上半分をクレーンで取り除きました。指定の工期は3日間でしたが、安全第一で無事やり遂げることができました。
災害時の事故を100%防止するのは難しいことですが、同様の事故を起こさないように対策を練ることと、万が一起こったときには被害を最小にとどめて復旧することが求められます。このために、災害発生後の詳しい原因究明は不可欠のことであり、そのために少なからずお役に立てたことは、私たちの誇りとするところです。
どうして水の力で鉄が切れるのか
水の力をご理解いただくため、当社が携わった具体的な事例を先にご紹介させていただきましたが、ここで水で鉄が切れる原理について見ていきたいと思います。
「どうして水の力で鉄が切れるのか?」、原理は簡単です。細いノズルから超高圧力の水と研掃材と呼ばれる粉状の硬い物質を同時に吹き付けることで鉄でさえ切ることができるのです。正確には、「切る」というよりも「水の当たった幅だけを削り取る」のです。この超高圧の水を吹き付ける技術、および装置を「ウォータージェット」と呼んでいます。
「水でモノを切る」ことは、実は以前から研究されていました。私たちが実際のメンテナンスの現場に「活用できる」と確信を得たのは1991年8月にドイツのWOMA社の「エコマスター2000」という超高圧ウォータージェットのデモンストレーションを見てからでした。名前につく数字の「2000」とは、2,000kgf/cm²(工学気圧)を示し、約200MPaの圧力が出せるという意味です。
これは最初にご紹介した「ピンヒールを履いた象」に踏みつけられるくらいの力の水圧です。このような圧力を直径2mm程度の細いノズルから吹き付けることで、さまざまな素材が切れてもおかしくない力になるのです。
鉄などの硬い物質を切断するには、水の力だけでは時間がかかりすぎるので、作業効率を上げるため、研掃材(一般的な研磨材と同じものです。英語ではアブレーシブと言います)を水に混ぜて同時に吹き付けます。これは砂粒のような細かい粉ざくろで、今のところガーネット(柘榴石)の粉が最も効率が良いことがわかっています。 単純に圧力が高ければ高いほど良いかというとそうではありません。現場で利用できる機材や用途、コストなどの兼ね合いで最適な圧力を選択します。
林 伸一
日進機工株式会社 代表取締役社長
*本記事は、林伸一著『鋼の水』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、再編集したものです。