香港で長期的に成功しているファミリー企業の共通点
後編では、香港にて長期的な繁栄を誇り、成功している4つのファミリーメンバーと筆者が実際に面談して幾つかの質問を投げかけた結果について簡単に要約して紹介する。
4つのファミリーのうち、2社は100年以上続くファミリービジネスを営んでおり、香港科学技術大学(HKUST)のレポートにも登場する。他の2社は、60-80年続いており、3代目がそろそろ登板するという状況であった。
アヘン戦争の時代を巧みに生き、そして自らの帝国を築き上げた一族、清王朝崩壊の過程で広州から香港に逃げ込み、最初は八百屋からスタートし、流通・不動産・金融のコングロマリットを作り上げた一族、中国本土から家族全員で台湾から香港へと難民のようにして移り住み、手元に残った家財道具から家を再興し、今では一大アパレル企業グループに育てた一族。
いずれも、侵略・内戦・植民地化の混乱のなかで、強固な絆で結ばれ、結果として大きな企業グループを作り上げたファミリーである。4社のケースから幾つか共通点を引き合いに出して、かつそれぞれの特色も簡単に記しておきたい。
生活に余裕がなくても、家族を海外に留学させよ
前編にて、中華系ファミリーで長寿経営に成功するための3要素を挙げた。
① 家族ビジネスそのものの、持続性が担保されていること。つまり過度の集中リスクに対して地域・事業領域共に分散なされていること
② 西洋的な価値観と東洋的な価値観を上手くバランスさせていること
③ 家族経営企業支配権の分散から集中に戻し経営の安定性を高めていること
このなかからまず1つを挙げるとすると、成功していたファミリーにおいて、次世代を担う人材は、例外なく欧米のトップスクールで勉強をしていることだ。西欧的な考え方・経営センスを若い時分から肌で学び、自分のものとしている。高校のボーディングスクールから行く場合もあり、最終学歴としては大学院まで通って修士となる場合が多く、博士号を持っている方もいる。異口同音に兎も角、生活に余裕がなくてもファミリーメンバーは海外に留学させよと唱えている。それが最大の家族経営への投資であると。
留学により西洋的な考え方が身につくだけでなく、英語という語学のハンディがなくなることも大きい。母国語である中国語(広東語・北京語)に加え、英語を自在に操ることで、国境なき活動が可能になるのである。こうして、伝統的な家族経営に西欧的な価値観を持ち込み、バランスの取れた経営の実現というポイント(成功の要素②)をクリアしつつ、リスクの分散=グローバル化を進めることが結果的に経営の持続性を高めることにもなっている(成功の要素①)。
この成功の要素①の「経営の持続性を高めるために事業の集中リスクを下げる」という点に関しては、成功しているファミリーにおいて、単一事業ではなく、香港の代表的な産業である「流通・不動産・金融」の分野で、規模の大小はあれ3種の事業を持株会社であるファミリーオフィスの傘下に保有し、企業グループを形成している傾向が見られた。
そして、ファミリーオフィスが数百億から数千億円と巨大化する過程で、「所有と経営を分離させ、より株主としての立場から企業経営に参加していくのが今後のあるべき姿だ」と、あるファミリーオフィスオーナーが述べていたが、これは非常に合理的な話ではないか。実際、香港を代表するコンテナ船会社のオーナーファミリーが2018年に当該会社を売却して数千億円の現金を手にした際、「さて次は何のビジネスをするか?」と次世代経営者は考えていると伺ったことがある。
このようにファミリーオフィス経営の主眼は、発展の過程において、その関心事が事業承継から資産承継に移っていく。資産をどのように次世代に引き継ぐか?を考えたとき、これまでの家業である中核ビジネスの売却さえ選択肢から外れることがないことは興味深い。
ファミリービジネスも時の経過と共にイノベーションの影響を大きく受け、ビジネスのライフステージが変われば、そのための調整を受け入れ、これまでのファミリービジネスを脱却して、若い世代が自由に新たなビジネスにチャレンジできることが必要となる。それを家族間のコンフリクト(摩擦)を起こさずに、スムーズな事業変革ができるようなガバナンス体制・家族憲章を整えていくことが大切であると教えてくれる。
事業承継から資産承継へ…中華系ファミリーの強かさ
そして、成功の要素③は、株主の分散化を防ぎ、より中央集権的な支配体制を整えるようにすることである。つまり、次世代の家督を担う人間を絞っていくことを意味する。その選定の過程は極めて厳しいことがいくつかの事例から読み取れた。
あるファミリーでは、3人の子供には何もいわずにファミリー企業以外に勝手に就職させる。その間一切のサポートはしない。外の世界で鍛えられることで世界を知り、家族事業を思うことを学ばせる。当然20年も外の世界で鍛えられれば優劣が明確になってくる。そしてある日突然「お前が次の家督を背負う」と指名する。その間は数千億円企業の御曹司であろうと、一本5000円のネクタイをして、車も欧米の名車とは縁のない生活を強いられる。
また、あるファミリーでは、ファミリーの資産を引き継いだ財団が、次の世代に資金を貸し付けて負債を負わせた上で、ファミリー企業の株式を買い取らせるという方法を採るものもある。相続税がない香港だからといって、親から子に簡単に資産を引き継がせることはしない。兎も角、次世代の人間に、自動的に家督を担うようなことはさせず、慎重に次世代候補の中から適任者を選び、優秀な者に資産を引き継がせようとする姿勢が見てとれる。
香港科学技術大学(HKUST)ビジネススクール、Tanoto Center for Asian Family Business and Entrepreneurship Studiesでのファミリービジネス研究を読み解くと、中華系ファミリー企業が自身のおかれた厳しい政治・経済環境のなかで生き残りをかけて戦っていくサバイバルゲームを見ている感覚を受ける。
日本の場合は、第2次世界大戦後の占領政策のなかで財閥が解体され、ファミリーオフィスというものがほとんど消失してしまっているが、そのなかにあっても、自らの社会的意義を見出しファミリービジネスとして生き残り、3万社超という世界でも類をみない100年企業数を誇っている。
一方、アジア中華系ファミリービジネスは、家族の強い絆と西洋的な合理性を併せ持ち、イノベーションを受け入れつつ、ファミリービジネスを売却するところまで視野に入れて、事業承継から資産承継へ、つまりファミリーオフィス経営に主軸を移し、ファミリー資産を巧みに次世代に継承していく逞しい中華系ファミリーの姿が見えてくる。
日本には重い相続税が課せられるため、それこそ3代目には相続税で初代の築いた資産がゼロになるともいわれているが、成功した中華系ファミリーをよく観察してみると、相続税の有無というよりも、もっと高い次元で資産承継を考えているように見える。日本のファミリービジネスも、よりグローバルな視点で強かにファミリーオフィス経営まで視野に入れ、アジアの強豪ファミリーと伍していけるだけの力をつけていってもらいたいものだ。
中島 努
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB) CEO