中国、香港には社歴100年を超す長寿企業が少ない
日本は社歴1000年以上の会社が7社もあり、100年以上の社歴がある会社が3万社を超える世界一の長寿企業大国である。次はアメリカ・ドイツと続くが、人口が13億人もいる中国には100年を超す長寿企業は少なく、香港を含めても、社歴世界トップ10に入る長寿企業はまだない。
特に香港は1842年の南京条約によって当時の清王朝からイギリスに割譲されて以来の街である。今日に至るまで180年に満たない歴史しかない。イギリスに割譲される前の香港は、5000人余りの漁村であり、歴史を形取る政治・経済・文化というのは実質なかったといってもいいだろう。その香港で事業承継・資産承継といっても、100年以上の歴史を持つ企業数が少ない点については、その短くも複雑な歴史的背景を考えねばならないが、より根本的には中国人家族制特有の道徳概念そのものにも答えがあるようだ。
一方で資産承継・事業承継への関心は香港では、極めて高いといわれる。家族経営ビジネスを母体とするファミリーオフィスは、世界で約2000社あるといわれており、香港にはそのうち約800社が存在する(シンガポールは約200社)。そして、その800社が香港経済の中核を今日でも担っていることは論を待たない。
そんな背景もあるのか、香港科学技術大学(HKUST)ビジネススクールでは、Tanoto Center for Asian Family Business and Entrepreneurship Studiesという研究所(http://www.afbes.ust.hk/eng/index.html)を設け、アジアのファミリービジネスと企業家精神に関する多くの研究を行い、Case Studyも多数紹介している。
筆者も2014年11月に開催された同センター主催の公開セミナー資料を入手したので、簡単にその内容をご紹介しつつ、筆者の知り合いである香港ファミリーオフィス運営を司る方へのインタビュー結果も合わせて後編にてご紹介し、香港における事業承継から資産承継について考えてみたい。
入手した資料の冒頭に「中国の諺に“富不過三代”、西洋の同義の諺に“Clogs to Clog in three generations”がある」と記されている。つまり、古今東西を問わず、初代が築き上げた資産は3代目まででなくなるといわれているのである。ちなみに、香港では、相続税も贈与税も課せられない。富を引き継ぐことに政府は関与しないのである。どんなに多額の富を引き継ごうとも、日本の相続税のような、重税は課されない。それにもかかわらず、資産を承継する・事業を承継することは難しく、3代目以上にわたってファミリービジネスが続くことは稀であるということなのだ。
儒教思想の中国にある「家」という道徳概念
最近の中国本土企業の調査では「2世」といわれる創業者の次の世代の80%は、ファミリービジネスに戻りたいと思っていないという結果が出ている。多くの「2世」達は、欧米での勉強の機会を与えられ、西洋的な考え方を身につけ、結果としてファミリービジネス以外にも多くの就業の機会を見つけて、そちらに大きく惹かれていくのだ。
最近筆者が観た『クレイジー・リッチ!』(原題:“Crazy Rich Asians”)というハリウッド映画も正にそれを絵で描いたようなシーンが続いていた。シンガポール中華系大富豪の直系長男がニューヨークに留学した後、ニューヨークでのビジネスに惹かれ、そこで恋人も見つけ、ファミリービジネスに戻らないと言い出したことで、このドタバタ劇が展開するという映画であった。そこには、息子に事業を承継して欲しい家族の首長とファミリービジネスに縛られず自らの道を求める次世代との葛藤が描かれている。
なぜ中華系ファミリーの事業継承・資産承継が難しいのだろうか? それは儒教思想中心の中国「家」の道徳概念に起因していると推測される。その道徳概念の1番目に挙げられるのが、親孝行に象徴される親に絶対忠実に従うという「孝」という概念。2番目には、年功序列の精神。3番目は、家族の調和である。「Guanxi」(関係)という言葉に象徴されるように信頼関係に基づく個人的関係が全てに優先される社会システムなのである。
しかし、そこには清王朝崩壊の過程でおきた政治的背景も見逃せない。着の身着のまま祖国を抜け出した家族がアジア各地に散らばり、未知の地で家族全員が一致団結して助け合い、明日の糧より今日の糧を重視する短期的思考に偏り、その運営組織体制は儒教精神を尊ぶあまりに責任の所在を曖昧なままにし、家族の一員の責任を追及してメンツを潰すようなことはしない。一方、よそ者がインナーサークルに入るには高い壁を作り上げる。
資産承継に際しては、同じ儒教精神に縛られる日本では、長子相続が一般的であったのに対して、中華系ファミリーは、家族に平等に引き継いでいく。従って、中華系の家族は、Banyan Tree (カジュマルの木)型で葉が生い茂り、根は広がっているが根そのものは短い。一方、日本の家族は、Bamboo Tree(竹)型で、背が高く、中身は空洞であるといえる。数世代も続いた日本企業には、創業者一族とは全く血縁もなくなっている場合も散見されるからである。
強い家族の縛り+曖昧な組織体系+短期的志向の強い経営+家族平等な資産分配、これらの要因が複合的に絡み合い、欧米流の個人主義と近代的経営手法を海外留学から学んできた次世代が家族経営の会社に戻るのを嫌い、結果として第2・第3世代が家督として家を継ぐことなく、家族経営が長く続かなかったのがこれまでの一般的な中華系家族経営企業の姿なのである。
中華系長寿企業と日系長寿企業の決定的な違い
以上のような背景があるなか、100年以上続く中華系長寿企業も存在している。その成功の要因を探ると、以下の3点であることがわかる。まずは、家族ビジネスそのものの、持続性が担保されていること。つまり過度の集中リスクに対して地域・事業領域共に分散なされていること。そして第2に西洋的な価値観と東洋的な価値観を上手くバランスさせていること。そして第3に、家族経営企業支配権の分散から集中に戻し経営の安定性を高めていることの3点である。
ここで面白いのは、日本の長寿企業の「長寿の秘訣」との対比である。例えば、近江商人の心得である「三方良し」とは、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の「三つの良し」なのだが、商売には、共存共栄という企業理念が大切であり、そのビジネスの金儲けだけでなく、「社会的意義を見出す事」が重要であるとされている。ここに日本という海の要塞に囲まれた島国で、成功していくためには、一人勝ちするのはなく、社会的意義をもたらすことで日本社会に受け入れられて初めて、成功者として認められる社会風土があるのである。
侵略・内戦・植民地化など幾多の混乱を生き抜いてきたアジアンファミリーとの価値観の相違が見て取れる。
後編では、具体的に筆者が面談した4家族について、この3要素がどのように具体的に家族経営に組み込まれているかを考えてみたい。
中島 努
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB) CEO