「相続」という言葉には、自分や肉親にもしものことがあったら…といった「死」のイメージが強くつきまといます。2015年に相続税の基礎控除額が引き下げられたことで、相続税の課税対象者が増えたといわれていますが、このように「死」を連想させる相続について、家族と積極的に話をしている方は、まだまだ少ないことでしょう。本記事では、生前における家族との話し合いの重要性がわかる相談事例をご紹介します。

はじめは「相続税」にかかわる相談だったが…

ちょうど1年前、A様から受けた依頼は、ご自身の相続財産の評価と税額の計算でした。相続人となる二人のお子様たちの負担を考え、生前に相続対策をしたいというのが主なご要望です。相続財産のなかにはA様が経営するB社の非上場株式が含まれており、こちらについても評価を進めるため、B社の調査を始めました。

 

このB社の自社株式を含めた相続財産について今後どのような対策をすべきか、まずはA様のお考えを聞いて道筋をたてるため、何度かお話をうかがいました。

 

その後、相続財産評価額と税額の概算や、生前にできる具体的な対策をご提案する段階になって、A様が本当に気になっていることは、ご自身が経営するB社の事業承継の問題であることがわかってきたのです。

 

B社は、千葉県で建設業を営む会社であり、社員が40人ほどいます。毎年利益を出す優良な会社で、この先数年も案件が決まっており、売上増加が期待できる状況です。A様は現在67歳でまだまだお元気ですが、数年先には然るべき後継者に経営を任せたいと漠然と思っていました。

 

A様にはお子様が二人いましたが、ご長男は自身の家族と遠方で生活しています。一方のご次男は、B社の取締役に就任して少しずつ会社を手伝ってはいたものの、次期社長となって会社を切り盛りしていくような方ではないという印象を受けていました。

 

会社を存続させたい場合、家族や社内に後継者候補がいなければ、外部から後継者を探してくるか、M&Aなどの手段を選択しなくてはなりません。A様も、商工会議所や銀行の担当者にB社の事業承継についてご相談されていた様子でした。

「社長を退任してもいいですか。後継者は次男に」

その後、いくつかの事情が重なり、B社の会計監査と決算業務を筆者の事務所で担当することになりました。毎月B社へ訪問して、実際の経営状況を肌で感じ、懸命に働く従業員の方々と接するうちに、筆者自身もB社が存続する道を探したいと切実に考えるようになりました。ただ、現実はそう簡単には進みません。

 

よい方法が見つからないまま半年が過ぎたころ、A様から電話がかかってきました。

 

「私、社長を退任してもいいですか。後継者は次男にします」

 

突然の報告にとても驚きました。A様が急に体調を崩されたのか、悪い病気が見つかったのか、なにかよからぬことが起こってしまったと考えました。

 

しかし、現実はまったく違っていました。A様とご次男は、A様の相続の話をきっかけにB社の将来についても話をするようになっていったのです。B社を存続させたいというA様の意思と、ご次男のなかに以前からあった(が、ご本人も強くは意識してこなかった)「事業を承継する」という思いを、お互いに言葉に出して伝え合うことができたのです。

 

現在、新社長となったご次男は、経営者として日々学び奮闘しています。まだ若く、経験も決して多くはありませんが、できるだけ現場に足を運び、前社長(A様)の助言を仰ぎながら、自ら判断し決定していくことを自身に課しているようです。その様子は、以前筆者が抱いていた印象とはまったく異なり、強いリーダーシップさえ感じられました。

 

現在、日本企業の99.7%は中小企業であり、B社のように家族で経営されている会社も多くあります。そのなかで、今後数年のうちに引退をむかえる経営者は30万人を超えるといわれており、政府も「事業承継税制」の改正を行うなどの政策を講じています。

 

A様の当初の相談内容は「自分が死んだ時、相続人となる二人の子供たちにどれくらい税額負担がかかるのか」でした。しかし、家族で相続について話し、それぞれの心に抱えていた思いを反芻・整理することで、お互いに言葉に出して確認することができました。その結果、ご次男はB社の後継者となり、A様が築いてきた会社を守り「生かす」ことにつながりました。

 

相続について考えるとき、「死」のイメージを持つのは当然ですが、「生(生かす)」という側面を同時に意識してみることによって、より前向きな姿勢で相続の話を家族ですることができるのはないでしょうか。

 

 

古沢 暢子

税理士法人田尻会計 税理士

 

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