▼夜
黒エルフ「……で、貸してもらえた寝床がこんな場所だとはね」
納屋 ボロッ
女騎士「母屋の寝室も似たようなものだったぞ。さっき見せてもらったが、土間に干し草を敷いただけのベッドに一家全員が足をつっ込んで寝るのだそうだ」
黒エルフ「まあ、期待はしてなかったわ」
女騎士「野宿していたころを思い出すのだ」
黒エルフ「あたしも今さら文句ないけど……精霊教会の聖職者さまが心配ね。こんな寝床に耐えられるかしら?」
司祭補「まるでキャンプみたいですわ~! あっ、虫よけのお香を焚かなくては! 寒気よけの香りを混ぜて……♪」
女騎士「心配無用のようだな」
黒エルフ「案外、適応力高いわね」
女騎士「明日は早い。今夜はもう寝るとしよう」ゴソッ
黒エルフ「古い坑道の先に暮らすなんて、やっぱりドワーフって偏屈よね」ガサッ
司祭補「信念が強いとも言えますわ」ゴソゴソ
黒エルフ「って、なんですり寄って来るの!?」
司祭補「だって、ダークエルフさんは暖かいんですもの♪」
女騎士「おおっ、言われてみればたしかに……」ニギニギ
黒エルフ「に、握るなぁ~!」
司祭補「あらあら、まあまあ♪」ナデナデ
黒エルフ「なでるなぁ~!」
女騎士「やはり、あれか? 皮下脂肪が少ないと体内の熱が発散されやすいのだろうか?」
黒エルフ「怒るわよ!」
女騎士「……ん?」
黒エルフ「今度は何よ!?」
女騎士「静かに!」
母屋 ザワザワ
司祭補「母屋のほうが騒がしいですわね」
???(おほほ、娘を迎えに来たのじゃ!)
両親(領主様、どうか今夜のところはお引き取りください!)
???(何ぃ! わがはいに意見するつもりか!)
父親「どうかこの通りです!」
田舎領主「農奴の分際でわがはいに楯突くとは、何たる生意気! 貴様、誰のおかげで食べていけると思っているのじゃ? 恩知らずも大概にするのじゃな!」
母親「どうかお願いします!」
田舎領主「うるさい、うるさーい! 娘を出さんかぁ~!」
女騎士「なにごとだ!」
田舎領主「むむっ!?」
黒エルフ「セリフから察するに、あのじいさんがこの辺りの領主のようね」
女騎士「あの赤ら顔は……かなり酒を飲んでいるな」
田舎領主「なんじゃ、お前たちは……?」
父親「今宵、わが家で迎えた客人の方々です」
田舎領主「おほほ……。見れば、なかなか別嬪ではないか。ほほぉ~」
ジロジロ……
田舎領主「よし、わがはいの屋敷に来るがよい。そばかす娘を連れて行くついでじゃ。酒池肉林の宴を楽しもうではないか!」
ぷぅ~ん
黒エルフ「くっさ! このニオイ、あんた風呂に入ってないでしょ!?」
田舎領主「これだから無学な者は困る。風呂は体に悪いのだぞ? 皮膚から水がしみ込んで血が薄まるのじゃ」
女騎士「お前の靴の汚れ……もしや、う●ちでは?」
田舎領主「いかにも! 家を出るときにおまるを蹴り倒してしまったのじゃ!」
黒エルフ「おまる? トイレを使っていないの!?」
田舎領主「水道の整備された帝都や、水路の多い港町ならいざしらず……この村にトイレなどない!」ドヤァ
黒エルフ「ドヤることじゃないでしょう!」
田舎領主「貧しい農奴はう●ちを肥料に使うから、おまるの中身をすぐに肥だめに移してしまう。しかし、わがはいにはその必要もない。使用済みのおまるをそのまま放置しておけるのは、お金持ちの特権なのじゃ! さあ、わがはいの屋敷に来るのじゃ。上流階級のたしなみを教えてやろう。ほっほっほぉ~!」
ぷぅ~ん
黒エルフ「いやァーッ!! 近づかないでぇー!!」
田舎領主「遠慮はいらぬ。いらぬぞぉ~! そばかす娘を迎えにきたら、思わぬ収穫があったわい!」
女騎士「さっきからお前は、この家の娘を連れて行くと言っているが……どういう意味だ?」
田舎領主「愛妾として、わが屋敷に住まわせてやると言っておるのじゃ。農奴の身分では考えられない厚遇に感謝するのじゃな!」
黒エルフ「愛妾……って、この男の?」ゾワッ
両親「ううっ……」
女騎士「たとえ領主様といえど、嫌がる娘を無理やり妾にするのは正義に悖(もと)るぞ!」
田舎領主「無理やり連れて行くわけではない。娘のほうから進んでわが愛妾になりたいと言ってきたのじゃ」