昨年12月、下請代金の支払いについての通達が実に50年ぶりに見直され、さらに「下請中小企業振興法」の振興基準が大幅に改正された。下請法等の改正により、企業を取り巻く環境はどのように変わるのか。そして親事業者(発注者)として、どのようなサプライヤー(下請会社)の支援体制が求められるのか。連載第2回目は下請法の「運用基準」の見直しの概要について、中小企業庁の安藤保彦取引課長にお話を伺った。聞き手は、売掛金の電子債権化事業に取り組むTranzaxの小倉隆志社長である。

未来志向の取引慣行を実現するための3つの基本方針

小倉 「世耕プラン」とは具体的にどのようなものですか?

 

中小企業庁 取引課長 安藤保彦氏
中小企業庁 取引課長 安藤保彦氏

安藤 未来志向の取引慣行を実現するために、3つの基本方針を打ち出しています。1つ目は親事業者による不適正な行為に対して厳正に対処して公正な取引環境を実現すること。2つ目は親事業者と下請事業者双方の適正取引や付加価値向上に繋がる、望ましい取引慣行等を普及・定着させること。3つ目はサプライチェーン全体にわたる取引環境の改善や賃上げができる環境の整備に向けた取り組みを図ることです。そのうえで、さらに3つの重点課題を掲げています。①価格決定方法の適正化、②コスト負担の適正化、③支払い条件の改善の3つです。

 

小倉 その重点課題に向けた取り組みの一環として、昨年12月に下請中小企業振興法に基づく振興基準の改正などが実現したというわけですね。

 

安藤 そのとおりです。「下請法の運用基準」と「下請中小企業振興法の振興基準」、そして「下請代金支払条件に関する通達」(いわゆる「手形通達」)の3点を昨年12月14日に改正を行い、産業界や事業者に通知致しました。

 

小倉 順にそのポイントを説明していただけませんか? まずは下請法の運用基準の改正について。

 

安藤 下請法の正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」といい、公正取引委員会と中小企業庁が連携して執行している法律になります。法律そのものは約60年前の昭和31年に制定された大変歴史あるもので、発注する立場にある親事業者と、受注する立場にある下請事業者の取引関係について、力関係の強い親事業者側が優越的な立場に立って、不適正な取引などを強要したりすることがないよう、取り締まるための“規制法”です。

 

小倉 優越的な地位を濫用して不適正な取引を行うことを取り締まる法律には、下請法以外にも、独占禁止法がありますよね。

 

安藤 ただ、独禁法は「優越的な地位にあるのかどうか」という認定から始めなければならないので、その対応に非常に時間がかかるのです。そんなことに時間をかけていたら、体力のない下請中小企業の経営はあっという間に傾いてしまう可能性もある。そこで、この問題を迅速に処理・解決するために用意されたのが下請法なのです。取引の態様と資本金の大小関係に着目して、一定の要件に該当する取引は「優越的地位にある」と見なして、その地位にある親事業者がやってはいけないことなどを定めています。

 

下請法に追加された「違反事例」とは?

小倉 その運用基準とはどういうものですか?

 

安藤 厳密にいうと、公正取引委員会の事務総長が発出している通達になります。というのも、下請法の条文は非常に抽象的なので、どんな行為が下請法違反に当たるのかわかりにくいのです。そのため違反行為事例も細かく併記されていたのですが、それでも不十分でした。だから、昨年12月の運用基準の改正により、この違反行為事例を大幅に追記したのです。それまで66事例だったものを、倍以上の141事例に増やしました。

 

このような改正は13年ぶりのことで、今回、公正取引委員会による勧告・指導のなかで繰り返し見受けられた行為や事業者が問題ないと認識しやすい行為などを追加しました。その追加事例は、私ども中小企業庁などが共同で実施した大企業や中小企業へのヒアリングで得られた事例なども参考に作成しています。

 

Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏
Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏

小倉 たとえば、どんな事例が追加されたのでしょう?

 

安藤 支払いの減額については、コンビニエンスストアの事例を加えました。コンビニエンスストア本部である親事業者は、販売する商品の製造を下請事業者に委託しています。ところが、店舗において「値引きセールを実施するから」と、下請代金からその値引き分に相当する一定額を差し引いて支払うケースがある。これを違反事例として追記しました。

 

さらに、買いたたきに関しては、親事業者が取引先と協議して「○年後までに製品コストを○%削減する」という目標を設定し、その目標達成のために下請事業者への原価低減を要求する事例を加えています。自らの目標のために、部品の製造を委託している下請事業者に対しても「半年ごとに加工費の△%の原価低減に努めろ」と半ば強要し、一方的に通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を設定することを、違反行為として明確にしました。

 

先に触れた金型に関する追加事例もあります。量産終了から一定期間が経過した製品の金型・木型等を所有する下請事業者が破棄の申請を行うことを想定しています。これに対して、親事業者が「自社だけで判断するのは困難」などの理由で長期にわたって明確な返答をせず、さらに金型等の保管・メンテナンスに要する費用を考慮せずに、無償で下請事業者に保管させることを違反事例として加えています。

 

取材・文/田茂井治 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2017年2月13日に収録したものです。