※写真はイメージです/PIXTA
報告書を出すはずが…上司に差し出したもの
帰宅後、伊藤さんは妻に職場での出来事を話しました。そして転職という言葉が思わず口をついて出たといいます。
妻はすぐに賛成したわけではありません。年収850万円の収入がなくなれば、住宅費や子どもの教育費、今後の生活設計にも影響します。48歳で転職することが簡単ではないのも、伊藤さん自身がよくわかっていました。
それでも、今回のことだけが理由ではありませんでした。以前から、上司の指示で無理な納期を引き受けた結果、現場が残業で対応することになったり、問題が起きると担当者の管理不足として処理されたりすることが続いていたのです。伊藤さんはそのたびに、課長として部下を守ろうと調整してきました。しかし、自分が上司に説明を求めても、まともに取り合ってもらえない。今回、とうとう限界を感じました。
週末、伊藤さんは退職について考え続けました。年収が下がるかもしれない。今と同じ条件の職場が見つかる保証もない。それでも、実態と異なる数字を報告するよう求められ、その責任まで自分が負う働き方を続けることはできない。
さらに妻も「本当に転職を考えているなら、年齢的にも早いほうがいいかもね」と背中を押してくれました。そこで転職活動を始めるとともに、退職の意思が固まりました。
週明け、伊藤さんは上司のもとへ向かいました。上司は、先週の報告書をまだ提出していないことを問いただしました。
「報告書はどうなった?」
伊藤さんは、用意していた書類を差し出しました。それは売上報告書ではなく、退職届でした。上司は驚き、しばらく書類を見つめたあと、「このタイミングで辞めるのか」と声を荒らげました。伊藤さんは、引き継ぎには責任を持って対応すると伝えました。ただ、退職の意思を撤回することはなかったといいます。
「会社を辞めるという決断が正解かわかりません。ただ50代になれば、もっと決断できなくなる。今が最後のチャンスだと思ったんです」
厚生労働省『就労条件総合調査』によると、2024年の年次有給休暇取得率は66.9%で、労働者1人平均の取得日数は12.1日と、いずれも過去最高を更新しました。働き方の改善が進む一方、休暇の取得だけでは解消できない職場の問題もあります。業務の負担や責任の所在、上司との関係など、働き続けられるかどうかは、待遇以外の要素にも左右されるようです。