「写真を見ると家に帰りたくなるの」89歳母が明かした本音
数日後、美紀さんは施設を訪ね、母親に事情を尋ねました。
「お父さんの写真、どうして置きたくないの?」
すると和子さんは、少し考えてから答えたそうです。
「写真を見ると、前の家に帰りたくなるのよ」
美紀さんは驚きました。母親は父親との思い出を大切にしており、写真がそばにあれば安心できると思っていたからです。
「お父さんのことを思い出すのはうれしいんだけどね。あの写真を見ると、家の居間を思い出して。ここにいるのが、余計に寂しくなるの」
和子さんは入居後、食事や入浴の介助を受けながら、少しずつ施設の生活に慣れようとしていました。しかし夜になると自宅で夫と過ごした時間を思い出し、眠れないこともあったといいます。
さらに、写真立てを置いた棚はベッドの近くにあり、立ち上がる際に手をつきやすい位置でした。職員も、重いガラス付きの写真立てが落下する可能性を気にしていたそうです。
ただ、今回の持ち帰りは施設側が一方的に決めたものではなく、和子さん本人の希望でした。
厚生労働省『令和6年社会福祉施設等調査』によると、2024年10月1日時点で、有料老人ホーム(サービス付き高齢者向け住宅を除く)の在所者数は59万1,173人でした。
多くの人が施設で生活するなか、居室に何を持ち込めるかは施設ごとの規定や設備によって異なります。持ち物については、安全面に加え、本人がどのように感じるかも確認する必要があります。
「母のためにと思って持っていったのに、母の気持ちをちゃんと聞いていませんでした」
美紀さんはそう振り返ります。
実は入居前の荷造りの際、和子さんは写真立てについて「大きいから、持っていかなくてもいいんじゃない」と話していたそうです。しかし美紀さんは遠慮しているのだと思い、「大丈夫、私が運ぶから」と持参してしまいました。
「今思えば、あれが母の本音だったんですね」
美紀さんは写真立てを持ち帰り、代わりに小さなアルバムを持っていくことを提案しました。すると和子さんは、「それなら、見たいときに見られるからいいね」と答えたそうです。
現在、写真立ては美紀さんの自宅に保管されています。
和子さんは小さなアルバムを引き出しにしまい、ときどき取り出して家族の写真を眺めているといいます。
「母が寂しくないようにと思っていましたが、何をそばに置きたいかは、母自身が決めることだったんですよね」
高齢の親が施設へ入居する際、家族はこれまでの暮らしを少しでも残そうと考えることがあります。しかし、慣れない環境で安心して過ごすために必要なものは、本人の気持ちや生活状況によって変わります。持ち物を選ぶ段階から本人の希望を確かめ、入居後も必要に応じて見直していくことが大切でしょう。
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