(※写真はイメージです/PIXTA)
上司「AIで十分ですね」
転機は秋の人事面談でした。年下の課長が資料を見ながら切り出します。
「田中さんの担当業務について見直しがありまして」
嫌な予感がしたといいます。課長は続けました。
「営業資料の確認業務ですが、AI導入後は修正率が大きく下がっています」
「今後は担当者と管理職で対応可能と判断されました」
田中さんは反射的に言いました。
「いや、数字では見えない部分があるだろう」
課長は少し困った表情を見せます。そして静かに言いました。
「もちろん経験は貴重です。ただ、その業務については……AIで十分ですね」
その瞬間のことを田中さんは今も忘れられません。怒鳴られたわけでも、人格を否定されたわけでもありません。しかし、自分が積み上げてきたものを丸ごと否定されたように感じたのです。
「38年働いてきた人間に対する言葉じゃないと思いました」
その後の業務はさらに縮小されました。かつて40人の部下に指示を出していた男の主戦場は、オフィスの片隅にある複合機の前になりました。若手社員に頼まれた資料を、言われた通りの部数だけコピーし、綴じていく。終われば、会議室のホワイトボードを黙々と消し、次の予約のために椅子を整える――かつて自分が誇りにしていた経験値は、そこで求められていませんでした。
変化を強く感じ始めたのは、その頃からです。若手社員たちが生成AIについて話している声が耳に入るようになりました。
「これ、AIに聞いたら一発でしたよ」
「もう資料作成はAI前提ですよね」
「逆に使えないと厳しくないですか」
ごく普通の会話でした。それでも田中さんは、なぜか居心地の悪さを覚えました。田中さんは会社が実施したAI研修を受講しています。使い方も一通り学びました。しかし、思うようには使いこなせませんでした。
画面に指示を入力する。
返ってきた文章を確認する。
修正を加える。
何度か試したものの、結局は自分で作ったほうが早い――そう感じてしまうのです。ただ「その感覚自体が古いのではないか」、そんな考えが頭をよぎるようになりました。そのようななか、課長からこんな言葉をかけられます。
「田中さんは無理にAIを覚えなくても大丈夫ですよ。今までの経験がありますから」
気遣いだったのでしょう。責めるような口調ではありませんでした。周囲も同じようにうなずいていました。しかし、田中さんの胸には別の思いが残りました。
――なぜ若手には『覚えろ』と言うのに、自分には『覚えなくていい』と言うのだろう。
期待されていない、戦力として数えられていない、自分だけが例外。そう考えた瞬間、背筋が冷たくなったといいます。思い返せば、自分も若いころ、似たようなことを言っていました。パソコン操作が苦手な年上社員に向かい、「新しいことを覚えない人から仕事はなくなる」と。
当時は正論だと思っていました。しかし、60歳になった今、その言葉が自分自身に返ってきているような気がしてならなかったのです。