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再雇用の元部長「自分の経験は役に立つはずだ」
田中誠一さん(60歳・仮名)。大学を卒業してから、大手メーカー一筋、38年間働いてきました。部長時代は40人近い部下を抱え、年収は約1,200万円。取引先からの信頼も厚いものがありました。
「営業は数字だけじゃない。最後は人だ」
それが口癖でした。
そんな田中さんは、60歳で定年を迎えたあとも再雇用を選択します。住宅ローンは残り720万円。妻は専業主婦。長女への仕送りも毎月4万円続いていました。年金を受け取るようになるまで、無収入は避けたい――完全に仕事を辞める選択肢はありません。ただ、提示された条件は想像以上に厳しいものでした。
月給25万円、賞与なし。手取りは約19万円です。年収は部長時代の4分の1近くまで減少しました。それでも田中さんは自分を納得させていました。
「給料は仕方ない。会社に残る以上、自分の経験は役に立つはずだ」
しかし、その考えは数カ月後に崩れます。会社が全社的な生成AI導入を発表したのです。最初は気にしていませんでした。若手向けのツールだと思っていたからです。ところが状況は急速に変わりました。
営業報告書。
提案書のたたき台。
顧客分析。
会議資料。
以前は田中さんが内容を確認し、修正し、若手へ助言していた仕事です。それらが次々とAI活用へ移行していきました。ある会議で、営業企画課の担当者が説明しました。
「資料作成時間が約70%削減できました」
「顧客分析も自動化できます」
「提案書の品質も一定以上に維持できます」
若手社員たちは感心した様子でうなずいていました。田中さんだけが黙っていました。その日から少しずつ、仕事が減り始めます。
以前なら相談を受けていた案件が来ません。確認依頼も減ります。会議への出席も少なくなりました。気づけば、一日の大半をデータ整理や書類管理に費やしていました。それでも田中さんは自分に言い聞かせます。
「最終判断は人間だ」
「経験だけはAIに真似できない」
そう信じていました。