定年後の「第二の人生」として起業を選ぶシニアは珍しくありません。しかし、長年温めてきた夢が、老後資金そのものを揺るがすケースも多いのが現状です。退職金2,500万円を投じてカフェを開業した夫婦の事例を通して、シニア起業に潜む見落とされがちなリスクをみていきます。
「店をたためば借金だけが残る…」〈退職金2,500万円〉65歳定年夫、念願のカフェを開業したが…1年後、妻がレジ裏で見た「絶望の数字」 (※写真はイメージです/PIXTA)

レジ裏の衝撃の数字

開業から1年が過ぎたころでした。 ある日、美代子さんはレジ横の事務スペースで銀行から届いた書類を目にします。そこには運転資金として借り入れた融資残高が記載されていました。その額は約780万円。

 

美代子さんは初めて真実を知りました。減っていたのは預金だけではありませんでした。不足資金を補うため、隆一さんは金融機関から追加融資を受けていたのです。

 

「どういうことなの?」

 

帰宅後、美代子さんは問い詰めました。 隆一さんはしばらく黙っていましたが、やがて小さな声で答えます。

 

「このまま閉めたら終わりなんだ」

 

店の解約費用や原状回復費用だけで数百万円が必要でした。中古の厨房機器も購入額ほどでは売れません。仮に閉店しても借入金だけが残る計算だったのです。 「店をたためば借金だけが残る」 隆一さんはそう漏らしました。開業前に想定していた損益計画には、閉店コストという発想自体が抜け落ちていたのです。

 

日本政策金融公庫『2025年度起業と起業意識に関する調査』では、起業に失敗した場合のリスクとして、58.7%の人が「借金や個人保証を抱えること」を懸念していることが明らかになっています。しかし、事前の見通しが甘いまま起業に踏み切った結果、隆一さんは多くの人が恐れる最悪の事態に直面することになりました。

 

さらに、多くの人は始める前に「失敗した場合の出口戦略」を十分に考えません。隆一さんもその一人でした。現在も店は営業を続けています。ただし営業時間は短縮されました。レジの売上金を数えるたび、隆一さんの頭に浮かぶのは「あと何ヵ月続けられるか」という計算です。

 

夫婦の預金残高も開業前から大きく減少しています。夫婦の会話も、ほとんどなくなりました。


「老後資金を使って夢に挑戦すること自体は悪いことではなかったと今でも思います。ただ……まだ終わったわけではありませんが、事業に失敗したときに失うものはお金だけではないんだなと実感しています」