(※写真はイメージです/PIXTA)
甥に託した老後
「うちは子どもがいないから、そのぶん甥に残せばいいと思っていたんです」
そう話すのは、東京都内で暮らす佐伯信夫さん(74歳・仮名)です。妻の和子さん(72歳・仮名)との2人暮らしで、現役時代は大手メーカー勤務でした。
自宅マンションは持ち家で、住宅ローンは完済しています。年金収入は夫婦合わせて月約31万円。預貯金と金融資産は約8,000万円ありました。生活に困る状況ではなく、むしろ周囲からは「老後は安泰」と見られていました。
夫婦には子どもがいません。そのため、和子さんの姉の息子である甥の健太さん(42歳・仮名)を長年かわいがってきました。健太さんが大学進学で上京した際には、入学祝いとして50万円を援助し、結婚時には100万円を包みました。
「いずれは全部あげるんだから」
そんな言葉も何度か口にしていたといいます。子のいない夫婦の相続では、残された配偶者のほか、亡くなったほうの親や兄弟姉妹も法定相続人になります。また兄弟姉妹が亡くなっている場合、その子(甥・姪)が代わりに相続する「代襲相続」が起きます。このような背景もあり、佐伯さん夫婦は万一のときには甥の健太さんに――と考えていたのです。
健太さんも若い頃は頻繁に顔を出していました。正月やお盆はもちろん、夫婦の誕生日にも連絡をくれました。その姿を見て、佐伯さん夫婦は安心していたのです。
「子どもみたいなものだから」
そう信じていました。
少しずつ生まれたズレ
変化が現れたのは、健太さんが40歳を過ぎた頃でした。仕事が忙しくなり連絡頻度は減少しました。結婚後は妻と小学生の子ども2人を抱え、住宅ローンも月14万円ほど返済しており、会う回数は年に数回程度になっていました。
それでも佐伯さんは気にしていませんでした。一方で、将来を見据えて、ある思いを強く抱くようになります。
「介護施設には入りたくない」
「最後は身内に見てもらいたい」
高齢になるにつれ、その気持ちは強くなりました。厚生労働省『人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査』によると、人生の最終段階において「自宅」での最期を望む一般国民は約44%と最多。しかし、自宅以外を選ぶ理由の約75%が「介護してくれる家族等に負担がかかるから」と回答しており、身内に看取られたいという理想と、現実の介護負担とのギャップが浮き彫りになっています。
そして昨年、信夫さんは軽い脳梗塞で入院しました。幸い後遺症は残りませんでしたが、この出来事が夫婦に現実を突きつけました。
もし次に倒れたら。
もし和子さん1人になったら。
夫婦は健太さんを自宅に呼びました。食事の席で、信夫さんは率直に切り出します。
「将来、何かあったら頼むな」
「財産はお前に残すつもりだから」
健太さんは曖昧にうなずいただけでした。その反応に違和感を覚えつつも、そのときは深く考えませんでした。ただ、問題は相続ではありませんでした。「誰が老後を支えるのか」、その1点だったのです。