(※画像はイメージです/PIXTA)

「経営者自身の健康管理こそが、最も費用対効果の高い経営戦略である」――。社会保険労務士として長年中小企業の経営者と向き合ってきた筆者は、確信をもってこう言います。複数の事例を交え、どの企業も他人事ではない「経営者の健康と経営戦略」の関係性についてみていきましょう。本記事では、「経営者として健康管理の重要性を理解したい」「健康リスクを経営戦略に組み込みたい」「属人化した組織構造を見直したい」といった要望などについて、社労士の視点で詳しく解説します。※本記事は大同生命が運営する『どうだい?』からの転載記事です。

1. 経営者の「健康」は会社経営に直結する

最終的な意思決定や対外的な責任に業務が集中することの多い大企業の経営者とは異なり、中小企業における経営者の仕事は多岐にわたります。営業活動の最前線に立ち、資金調達の交渉を行い、必要があれば自ら現場に入ることも。心身を酷使し、まさに「会社の心臓」として走り回っているという人も多いのではないでしょうか。

 

しかし、考えてみてください。自社の機械や設備には惜しまず投資するのに、なぜか自分という"最も重要な設備"のメンテナンスを怠っていないでしょうか。機械なら定期点検を欠かさないのに、自分の体となると往々にして「まだ大丈夫」と過信してしまってはいないでしょうか。


労務コンサルティングの現場でも、経営者の健康状態が経営判断の質に直結していることを実感します。睡眠不足が続けば判断力は確実に低下し、慢性的な疲労は社員とのコミュニケーションの質を下げます。取引先との重要な交渉でも、本来なら気づけるはずの相手の意図を読み取れなくなってしまいます。


実際、ある運送会社の社長は体調不良を押して契約交渉に臨んだ結果、本来なら受け入れるべきでない不利な条件で契約を結んでしまいました。その契約は、以降3年間にわたり会社の収益を圧迫し続けることになりました。

 

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2. 忙しい社長ほど気づきにくい中小企業特有の「心身負荷」

「忙しすぎて健康管理なんてする暇がない」という声が聞こえてきそうですが、多くの現場を見てきた私からすると、実情は違って見えます。実際には、「忙しくしていないと不安だから、自ら忙しくしている」ケースが非常に多いのです。

 

中小企業に限らず、経営者には独特の心理的プレッシャーがあります。従業員の生活を預かっているという責任感や、銀行や取引先からの期待。そしてなにより、「自分が頑張らなければ」という強い使命感が、“無理”を“必要な努力”として正当化してしまいます。

 

また、経営者の「孤独」も、経営者の健康に深刻な影響を与える要因のひとつです。従業員に弱みを見せれば組織の士気が下がるかもしれない。取引先に体調不良を知られれば信用を失うかもしれない……。こうして経営者は自らの不調を隠し、誰にも相談できないまま限界まで走り続けてしまうのです。

 

ある建設会社の社長は、胸の痛みを感じながらも「現場が佳境だから」と病院に行くことを先延ばしにし続けた結果、心筋梗塞で2ヵ月の入院を余儀なくされました。この「弱みを見せられない」という孤独な責任感は、経営者を危険な状態に追い込んでしまいます。

 

健康リスクを助長する「属人化」の構造

しかし、この問題を「経営者個人の意識の問題」として片づけるのはナンセンスです。実は、中小企業の組織構造そのものが、経営者の健康リスクを助長している面があります。

 

多くの中小企業では、重要な業務が経営者に集中しています。銀行との交渉や主要取引先との関係維持、社員の採用、重要な契約書のチェック。これらすべてに「社長の判断」が必要な会社は一見意思決定が早くスムーズに業務が進められるように思えるかもしれませんが、実態は組織としてきわめて脆弱です。

 

たしかに創業時は、どうしても「社長がなんでもやる」という状態になりがちです。しかし、事業が軌道に乗り少しずつ従業員が増えても「俺がやったほうが早い」と業務を手放さずにいると、気づいたときには、社長が数日不在になっただけで会社が回らない状態になってしまいます。

 

経営者の高齢化が進んでおり、中小企業の経営者年齢は依然として高く、東京商工リサーチの調査※1では、60歳以上の経営者が過半数を占めています。つまり多くの経営者が、健康リスクが高まる年齢になってもなお、第一線で経営判断を担っている状況にあります。

 

この構造のままでは、経営者の健康リスクだけでなく、従業員側にも「判断を仰ぐ文化」が根づき、主体性が育ちません。長い目で見れば、企業の成長力そのものが損なわれてしまいます。

3.  健康問題は個人の問題ではなく“経営リスク”

社労士として断言しますが、経営者の健康問題は立派な「経営リスク」です。もし仮に経営者が倒れ長期不在になった場合、以下のような事態が想定されます。

 

まずは、従業員の不安と動揺が広がります。「会社は大丈夫か」「給料は払われるのか」。不安が高まれば、優秀な人材ほど早期に動き出します。実際、経営者の長期入院をきっかけに、キーパーソンが次々と退職した事例を何度も見てきました。

 

次に、取引先との関係が悪化します。「社長不在」の情報は、取引先の与信判断にも影響を与えてしまうのです。

 

さらに、中小企業の場合、経営者の健康状態は企業の信用評価に直結します。実際、融資審査において「経営者に万が一のことがあった場合の事業継続性」は必ずチェックされる項目です。

 

中小企業白書※2によれば、休廃業する直前期の決算で当期純損益が「黒字」だった中規模企業の割合は52.0%となっており、後継者難や健康問題なども背景のひとつとして挙げられています。健全な経営を続けてきた企業が、経営者1人の健康問題で消えてしまう。これほど残念なことはありません。

 

また、労務トラブルのリスクも高まります。経営者の不在が長引くと現場は混乱し、労働時間の管理が疎かになったり、問題が放置されたりするケースが増えます。これらはあとになって、大きな訴訟問題に発展する可能性を秘めています。

4. 経営者が今日からできる「5つ」の健康リスク対策

では、経営者が自身の健康を守りながら自社の寿命を伸ばすために、なにから着手すればいいのでしょうか。実行可能な対策は下記の5つです。

 

1.権限委譲の仕組み化

まずは、自身の業務を「自分でなければできないもの」と「他者に任せられるもの」に仕分けしましょう。多くの経営者が「自分でなければ」と思っている業務の7割は、実は他の人でも可能なものです。

 

ここで重要なのは「完璧を求めない」こと。任せた業務は「80%の完成度でいい」と割り切ることが、権限委譲を進めるうえでの重要なポイントです。

 

2.業務の可視化とマニュアル化

次に、経営者の頭の中にしかないノウハウや判断基準を文書化しましょう。「取引先Aとの交渉で確認すべきポイント」「月末の資金繰り判断のチェックリスト」など、具体的な判断基準を残しておきます。

 

業務内容の明文化は、労働契約法の観点からも適切な指揮命令の裏づけとなり、組織運営の安定につながります。

 

3.BCP(事業継続計画)への組み込み

次に、BCP(事業継続計画)の一環として健康管理を位置づけるといいでしょう。

 

多くの企業が災害や事故に備えたBCPを策定していますが、「経営者の突然の不在」というリスクシナリオを盛り込んでいる企業は多くありません。

 

労働安全衛生法は事業主に従業員の健康管理を義務づけていますが、その精神を経営者自身にも適用すべきです。定期的な健康診断はもちろん、「要再検査」と書かれていたら必ず再検査に行く。これを社内ルールとして明文化してもいいでしょう。

 

4.「強制的に休む」仕組みをつくる

次に、週1日の完全オフや年1回の連続休暇を、経営計画に組み込みましょう。たとえば、特定の日を「ノーコンタクトデー」に設定し、外部との連絡を遮断する。これは、社長がいなくても回る組織かどうかをテストする「組織診断」にもなります。

 

5.早期の後継者育成

事業承継の準備は、経営者が元気なうちに始めるべきです。後継者候補に段階的に権限を移譲していくことは、自分の健康リスクを分散することにもなります。

 

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5. まとめ:経営者の健康を経営資源として守る

経営者の皆様、自身の健康を守ることは決して「わがまま」ではありません。健康維持は、従業員の雇用を支え、取引先との信頼を維持するための「責任」です。

 

労働安全衛生法は、事業主に社員の健康管理を義務づけています。しかし、経営者自身の健康を法的に守る仕組みはありません。だからこそ、自ら戦略的に取り組む必要があります。

 

「自分が倒れたら会社が止まる」という状態は、組織設計の不備を意味します。真に優れた経営者とは、自身が不在でも回り続ける仕組みを残せる人です。

 

今日から、健康を「最重要の経営資源」と位置づけ、リスクマネジメントの一環として取り組んでみてはいかがでしょうか。それはあなた自身だけでなく、大切な家族や従業員の未来を守るための、最も投資対効果の高い経営判断になるはずです。

 

 

 

 

山本 達矢

社会保険労務士法人WILL

代表社労士

特定社会保険労務士

 

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※本記事は大同生命が運営する『どうだい?』からの転載記事です。