1.小さい会社ほど「ベテラン」が育ちにくい…統計からみる中小企業の人材定着
人材不足が深刻化するなか、多くの中小企業で「採用しても定着しない」という悩みが広がっています。しかし、人材定着の問題は単純に「離職率が高いかどうか」だけでは判断できません。
実際には、入社後すぐに辞める人が多いのか、それとも中堅社員やベテラン社員が育ちにくいのかによって、企業が抱える課題は大きく異なります。特に従業員数の少ない企業では、一人ひとりの経験や知識が組織運営に与える影響が大きいため、長く働く人材を育てられるかどうかが経営の安定性を左右します。
そこでまずは、厚生労働省の統計データをもとに、企業規模によって人材定着にどのような違いがみられるのかを確認していきましょう。
「勤続年数」から見える傾向
厚生労働省「令和7(2025)年 賃金構造基本統計調査」内「企業規模別勤続年数」によると、企業規模の大小にかかわらず、「勤続1年未満(入社してすぐ辞める人)」の割合に大きな差はみられません[図表1]。つまり、短期離職だけをみると、小さな会社が特別に不利とはいえません。
一方で、勤続10年未満の割合は企業規模が小さいほど高く、10年以上勤務する長期勤続者は相対的に少ない傾向があります。小規模な会社ほど、10年続かず退職する人が多いということです。
このように、中小企業は「中堅やベテランが育ちにくい」という課題を抱えています。
「離職率」から見える傾向
次に、厚生労働省「雇用動向調査(年計)」から企業規模別の「離職率」をみると、2000(平成12)年以前は「大企業ほど離職率が低く、中小企業は離職率が高い」という傾向が明確でしたが、近年は、その相関が以前ほどはっきりしなくなっています[図表2]。ただし、従業員100~300人規模の企業では、離職率が比較的高い水準で推移しています。
つまり、「小さな会社だから離職率が高い」と一概にはいえず、組織が一定規模になることで、かえって人材定着に関する課題が表面化しやすくなるケースもあると考えられます。
離職理由と入職理由
同調査によると、前職を辞めた理由としては、「労働条件が悪い」「職場の人間関係がよくない」「収入が少ない」が主な理由として挙がっています[図表3]。一方、現在の勤務先を選んだ理由としては、「仕事内容に興味があった」「自分の能力を生かせる」「労働条件がよい」といった点が重視されているようです[図表4]。
また、中小企業庁「2025年版中小企業白書」によると、正社員の離職・入職に影響する要因の「会社の将来性」について、従業員100人以下の小規模企業では経営者が主体となって採用活動をすると、求職者に「この会社は将来性がある」と感じてもらいやすく、採用成功率が上がるという結果が示されています。
小さな会社では、社長自らが経営ビジョンや仕事の面白さを伝えることが、採用だけでなくその後の人材定着にも効果がある可能性があります。
さらに、入職者が「30人未満の企業」を選んだ理由としては、「通勤に便利」といった項目が比較的多く挙げられています。地域性や働きやすさといった点も、小規模企業にとっては強みになりうるようです。
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2.事例からみる人材定着と離職の実態
ここでは、従業員50人程度以下の複数の事例から、人材が定着する理由や離職につながる要因をみていきます。
【A社】介護業・従業員50名程度
介護業を営むA社。従業員は50名程度で、現場の介護職員の定着が課題です。従業員の半数以上が勤続5年未満で、そのうち3割が勤続1年未満です。
定着を妨げる要因としては、次の7点が考えられます。
・教育や指導に十分な時間を割きにくい
・ベテランと新人の経験差が大きい
・他業種と比べ、給与などの労働条件がよくない
・夜勤や土日勤務など、シフト勤務の負担が大きい
・業務マニュアルやルールが十分に活用されていない
・評価基準が不明確である
反対に、定着につながる要因としては、次の4点が挙げられます。
・通勤しやすい
・介護職が自分に合う
・職場の雰囲気がよく、仲間と気が合う
介護業界は人材確保が難しいため、即戦力を求めがちです。その結果、新人に対する許容度が低くなり、十分に育成する前に離職につながるケースが多くみられます。また、勤続年数が短い人が多い職場では、組織への帰属意識や仕事への意欲を育てるのも難しくなります。忙しさと人手不足が重なり、定着をさらに難しくしている例です。
【B社】ソフト開発・従業員30名程度
ソフト開発を行うB社。従業員は30名程度で、比較的人材の定着率がよく、過去15年間で入社は8名、退職者は4名にとどまっています。
B社の人材定着を妨げる要因は、下記の2点です。
・自分の能力に限界を感じる
反対に、定着した要因としては、下記の4点が考えられます。
・好きな仕事に取り組める
・業務の進め方や勤務時間に裁量がある
・成果を管理者と社長が把握し、賃金に反映している
待遇が特別に高いわけではなくても、仕事との相性や裁量の大きさ、成果が正当に評価される仕組みが整っていることで、定着につながっているケースです。
【C社】出版業・従業員40名程度
出版業を営むC社。1年に3〜4人程度の退職があり、特に勤続年数が短い人と定年後再雇用者の退職が多くみられます。
C社の定着を妨げる要因は、下記の3点です。
・長期勤続者を中心に、不満や不安の声が多い
・離職が続き、引き継ぎが不十分になっている
反対に、定着する要因は、下記の4点です。
・企業規模の割に待遇や福利厚生がよい
・自分の考えや意見を言いやすい
・主体的に仕事を進められる
待遇や仕事内容に魅力があっても、会社の方向性への不安や職場内の不満が強いと、定着にはつながりにくくなります。特に変革期にある企業では、経営者が方針を示すだけでなく、組織として一体感を高める取り組みが重要であることを示す例です。
【D社】製造業・従業員50名程度
製造業を営むD社。従業員は50名程度で、年間3〜4人が退職し、5〜6人が入社しています。採用は順調にできているものの、退職も続いており、定着に課題がある状況です。
D社の定着を妨げる要因としては、下記の4点が挙げられます。
・会社方針の浸透不足
・長年1人で担ってきた業務の担当替えや引き継ぎによるストレス
・指導者によって教え方にバラつきがある
反対に、定着する要因は、下記の4点です。
・通勤しやすさ
・近隣の同業・同規模企業に比べ待遇がいい
・季節行事に合わせたプレゼントなど、家族的な配慮がある
待遇や職場の温かさが定着につながっている一方で、経営方針の変化や教育体制の不十分さが離職の要因となっています。成長戦略を進める際には、既存社員に対して会社の方針を丁寧に伝え、理解を深めてもらう取り組みが重要です。
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3.小さな会社ほど人材定着が難しい理由
上記の統計や事例からわかるように、定着を妨げる要因は1つではありません。給与や労働時間といった待遇面だけでなく、会社の方針や教育体制、職場の人間関係、評価の仕組み、業務の進め方など、複数の要因が重なって離職につながります。
さらに、小さな会社には次のような特徴がみられます。
・制度やルールが明文化されていない
・経営者や特定の上司の判断が職場全体に強く影響する
・業務が属人化しやすく、マニュアルが整っていない
・1人の休職・退職・育児休業などが周囲に大きく影響する
小さな会社では、口頭での説明や日々の声かけによって職場のルールや運営が成り立っていることがあります。これは柔軟で温かい運営ができるという面では強みですが、その場にいなかった人に情報が伝わらなかったり、記憶に頼ることでルールが曖昧になったりするという点では弱みともいえます。
その結果、新しく入った人ほど「聞いていた話と違う」「なにが正しいのかわからない」「誰に相談すればよいかわからない」と感じやすくなります[図表5]。
4.あえて「2名採用」もひとつの手…人材定着率を改善するためのポイント
人材定着の課題は多岐にわたりますが、すべてを一度に解決しようとする必要はありません。はじめから大きな制度改革を目指しすぎると、現場に負担がかかり、継続できなくなる可能性があります。むしろ、できることから始めるほうが効果的です。
小さな会社でも取り組める、主な改善ポイントは、下記の6点です。
1.社長や管理者の意識
まず重要なのは、社長や管理者の意識改革です。「昔はこうだった」「普通はやる・できる」「自分はこうしてきた」といった考え方のままでは、人材定着の改善はなかなか進みません。
自社で起きている退職理由や職場の課題を整理し、今、目の前にいる従業員に合わせて、効果が高く実行可能なものから優先順位をつけて取り組みましょう。
2.入社後の相談体制をつくる
新入社員は不安を抱えやすいため、相談しやすい体制を整えることが重要です。
またこのとき、業務を教える担当者と、相談を受ける担当者を分けるとより効果的です。業務指導者には言いにくいことでも、相談役には話しやすい場合があります。「困ったときは誰に聞けばよいか」を明確にするだけでも、新入社員の安心感は大きく変わります。
3.採用人数を検討する
小さい会社では、人件費の負担を考えると必要最低限の採用人数に抑えがちです。しかし、人材が定着しなければ、採用にかかる費用や時間、教育の負担が増えてしまいます。
このとき、2名同時に採用すると、お互いに相談できる相手ができ、定着率が上がる傾向があります。経営者にとって2名採用はリスクですが、2人とも定着して戦力になれば、他の従業員の残業が減り、結果として全体の定着にもいい影響を与える効果が期待できます。
4.仕事の進め方や評価の「見える化」
業務手順や評価基準は、できる範囲で「見える化」しましょう。このとき、立派なマニュアルや制度である必要はありません。まずはよくある業務の手順や注意点、判断に迷いやすいポイントを簡単にまとめることから始めるとよいでしょう。
その後、AIの活用も考えてみてください。AIは情報の整理や要点をまとめることが得意です。AIに目的や概要などの前提条件を伝えたうえで、部分的に作成した手順書や注意点などを整理してもらうのです。
もちろん何度か修正は必要ですが、業務内容が変更になることもよくあるので、時間をかけすぎず"仮完成"で運用しながら改定していく方法も有効です。
評価制度についても、整備しきれないとしても「会社はどのような行動を大切にしているのか」「なにを期待しているのか」を明文化し共有するようにしましょう。
仕事の進め方や評価基準は変化していくものだからこそ、基本的な点を可視化しつつ、伝わりにくい部分は繰り返し説明することが、信頼感や安心感につながります。
5.労働環境の見直し
小さな会社では、大幅な賃金引き上げや労働時間の短縮は難しいかもしれません。しかし、閑散期に連続休暇や有給休暇を取得しやすくしたり、育児や介護との両立を支援したりするなど、工夫できる点はあります。
小規模だからこそ、働いている人たちをよく見て、見直せる待遇がないかを考えてみましょう。コーヒーやお茶を飲めるスペースをつくるなど、昼休みに気軽に話せる場所を整えるだけでも、職場の風通しをよくすることができます。
6.採用時の説明を丁寧に行う
早期離職の大きな理由の一つは、「聞いていた話と違う」という、入社前の期待と入社後の実態のズレです。採用時には、会社のいい面だけでなく、業務の大変さや求める役割、働き方の実態といった現実的な側面も丁寧に伝えることが重要です。
ただし、厳しい面を伝える際には、その仕事の意味や活躍している人の特徴、会社としての支援策などを前向きに説明するようにしましょう。
5.おわりに…小さな会社だからこそ、できる改善がある
小さな会社は、1人の影響が大きいからこそ、人材定着は経営に直結する重要な課題です。一方で、小規模であるほど経営者の考えが伝わりやすく、柔軟に改善しやすいという強みもあります。
すべてを一度に整える必要はありません。まずは自社の退職理由や職場の課題を見つめ直し、できるところから改善していくことが大切です。日々の説明、声かけ、仕事の任せ方、評価の伝え方を見直すことが、従業員が「この会社で働き続けたい」と思える職場づくりにつながります。
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池田直子
特定社会保険労務士
社会保険労務士事務所 あおぞらコンサルティング代表
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