(※写真はイメージです/PIXTA)
家族を選んだ先にあった壁
転勤の有無だけが退職金額に影響したわけではないでしょう。しかし、日本の大手企業(JTC:伝統的な日系大企業)、特に伝統的な金融機関が長年維持してきた「忠誠心の値付け」の構造が大きく影響しているのも事実です。
JTC企業では、昇格に応じて「役職ポイント」や「基本給スライド」が積み上がる仕組みがあります。「役職ポイント」とは、銀行の昇格制度で使われる評価ポイントのことで、支店長・次長・課長などの役職経験を積むことでポイントが加算され、最終役職や退職金の算出に影響する内部指標のことです。また、「基本給スライド」とは、銀行の給与テーブルで、昇格に応じて基本給が自動的に上がっていく仕組みのことをいいます。昇格が止まると、このスライドも止まり、給与の伸びが鈍化します。
タカノリさんは転勤を断ったことで、昇格に必要な経験を積めず、これらが途中で止まってしまったのです。
全国転勤をしながら昇格していく「広域キャリア」と、地域に留まる「地域限定キャリア」では退職金の算出倍率そのものが異なるため、先輩や同僚とのあいだに大きな差が生まれてしまいました。毎年の昇給額のわずかな違いが、30年以上の年月を経て「退職金」という大きな差となって表面化した形です。
厚生労働省「就労条件総合調査」によると、大学卒・管理職の定年退職者の平均退職金は2,280万円となっています。金融・保険業は賃金水準が高く、他業種より退職金が高い傾向にあります。一方で、コース間格差もまた激しいのが実態です。
現在、働き方は多様化し「転勤なし」を条件に働く若手が増えています。しかし、タカノリさんの世代は「会社への献身こそが正義」という価値観のなかでキャリアを築いてきました。「後悔はしていないが、悔しい」という彼の言葉は、古い評価軸で生きてきた自分と、家族との時間を選んだ自分とのあいだで揺れる、現代の会社員のリアルな叫びです。
幸せの「正解」は、会社から記された数字だけが決めるものではありません。しかし、その数字に心が揺れるのもまた、誠実に働いてきた証なのです。
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