(※写真はイメージです/PIXTA)
通帳から消えた金
「お父さん、この引き出しは何?」
東京都内に住む会社員の山中美香さん(50・仮名)は、父親の通帳を見ながら思わず声を上げました。相手は埼玉県で一人暮らしを続ける父、山中正夫さん(85・仮名)です。
正夫さんの収入は月約7万円の年金のみ。築45年の持ち家であるものの、生活は決して楽ではありません。一方で、若い頃から極端な節約家でもありました。
「父は電気もこまめに消すし、外食もほとんどしない。お金だけは持っているはずだったんです」
美香さんによれば、正夫さんには妻の死亡保険金や退職金の残りなどを含め、少なくとも1,500万円近い預貯金があることを家族は知っていました。
異変に気づいたのは、正夫さんが自宅で転倒し、入院したことがきっかけでした。病院から連絡を受けた美香さんは、父親の医療費や今後の介護費用を確認するため、本人の了承を得て通帳を確認します。
すると、わずか数年前まで1,300万円以上あった預金残高が、今は300万円台に。しかも短期間に約1,000万円が引き出されていたのです。
「何に使ったの?」
病室で尋ねると、正夫さんは少し考え込んだあと、小さな声で答えました。
「自宅にあるんだが……」
美香さんは耳を疑いました。いわゆる「タンス預金」。1,000万円もの現金を銀行から引き出し、自宅で保管していたというのです。
誰にも言えなかった「タンス預金」の存在
金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査(単身世帯調査)2025年』によると、70代単身世帯における金融資産額の平均は1,489万円、中央値は500万円です。正夫さんのように1,000万円超の資産を持つ人は、同年代のなかでも間違いなく上位に位置する、恵まれた層といえます。
一方で、近年はネットバンキングの不正利用や証券口座乗っ取りなどの報道も増え、「銀行に預けるのが不安」という高齢者は少なくありません。正夫さんもその一人。テレビで金融犯罪のニュースを見るたびに不安を募らせていたといいます。
「銀行も証券会社も信用できない」
そう考えた正夫さんは、数回に分けて預金を引き出していたのです。しかし、タンス預金は金融機関の破綻リスクや口座凍結を回避できる一方で、盗難や火災の危険も。正夫さんの場合、現金をどこに置いたのか、いくら残っているのか――本人もはっきり説明できませんでした。
美香さんは退院後、自宅を一緒に確認しました。押し入れ、仏壇の引き出し、古い衣装ケース、書類棚――家中を探しても見つかった現金は数十万円程度でした。
「1,000万円がなくなるわけないでしょう」
そう詰め寄る娘に対し、正夫さんは突然怒鳴りました。
「俺の金だろ、文句あるのか!」