70歳までの就労と蓄財。その後に残された「使い道のない資金」
東京都内の分譲マンションに住む佐藤健一さん(72歳・仮名)は、70歳まで関連会社の役員として勤務を継続しました。
資産状況は、退職金が手つかずのまま3,800万円、さらに預貯金が5,000万円ほど。公的年金は、厚生年金に加入していた佐藤さん本人が月額23万円、専業主婦期間が長かった妻の和子さん(70歳・仮名)が月額7万円を受給しており、世帯合計では月額30万円となります。これは日本の高齢者世帯のなかでも、上位に位置する経済水準です。
「現役時代から、老後破綻や下流老人といったニュースを見るたびに強い不安を感じていました。少しでも資産を積み上げ、受給できる年金額を増やすことが正解だと信じて、定年後も70歳まで働き続けました。有給休暇もほとんど使わず、仕事一筋の生活でした」
佐藤さんは、50代から60代にかけて和子さんから提案された旅行やレジャーの誘いを、すべて「老後の楽しみ」として先送りしてきました。
「50代のころ、妻から『今のうちにヨーロッパへ行きたい』と誘われましたが、『責任ある仕事をしているから』『もっと貯金が必要だから』と、何かと理由をつけて断りました。60代でも同じ対応を繰り返すばかりでした。70歳で退任したとき、ようやく自由な時間ができましたが、自分自身の体力が想定以上に衰えていたのです」
昨年、佐藤さん夫婦は念願だった15日間の欧州旅行を計画しましたが、最終的に断念することになりました。
「長時間のフライトに耐えられる腰の状態ではありませんでした。妻も膝の関節を悪くしており、石畳の多い海外の観光地を長時間歩くのは無理だと医師から指摘されました。3,800万円の退職金は手元にありますが、それを使って現地を観光し、アクティビティに参加する元気はありません。一泊5万円以上の温泉旅館に宿泊しても、せっかく提供された食事を美味しく完食できず、大半を残す結果となりました」
和子さんは、現在の生活について次のように漏らします。
「夫婦で月30万円の年金が入ってきても、主な使い道は日々の食費と医療費、そして週に一度の整体通い程度です。もっと体が動く50代や60代のうちに、このお金を使いたかったです。今さら資産に余裕があっても、それはただの数字でしかありません。若いころに無理をしてでも旅行に行って、思い出を作っておくべきでした」
佐藤さんは、現在の心境を次のように語りました。
「4人の孫に会うのは楽しみですが、一緒に公園を走り回るような体力はありません。老後資金を貯めるために、人生で最も動ける時期をすべて仕事に費やしてしまいました。健康でいられる時間を気にせずに、ただ貯蓄を増やすことだけを目的化した生活は、今振り返れば正しかったのか……疑問です」