まとまった遺産を受け取ったことで、老後の不安が解消されると考える人は少なくありません。しかし、収入源が限られるシニア世代にとって、手元資金が目減りしていく心理的重圧は、判断を狂わせる要因となります。ある男性のケースを見ていきます。
「膝から崩れ落ちました…」父から相続した「5,000万円」がわずか2年で消えた…60代男性が絶句した、銀行残高「80万円」の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

「5,000万円」が消えた2年間の記録

山田浩一さん(60代・仮名)が58歳で中堅商社を退職したのは、自己都合によるものでした。

 

「地方で一人暮らしをしていた父の認知症が進み、介護のために帰省を繰り返す生活になったんです。仕事との両立が難しくなり、早期退職を選びました。退職金と貯金で1,000万円ほどありましたが、再就職も父の容態が落ち着くまでは難しく、無職のまま65歳の年金受給を待つ状態でした」

 

その2年後、父が90歳で他界。山田さんは5,000万円の相続金を受け取りました。彼は1,500万円で自宅をリフォームし、200万円を納税、さらに2,500万円で投資用マンションをキャッシュで購入しました。手元に残った現金は800万円です。

 

「生活費は月20万円程度に抑えていました。投資マンションからの家賃収入が月7万円入るため、実質の持ち出しは月13万円。年間で150万円以上の貯金が減っていく計算です。無職の身にとって、この『通帳の数字が確実に減っていく』という事実は、想像以上に精神を削るものでした」

 

相続から2年が経とうとする頃、残高が500万円を切った焦りから、SNSで届いた「上場間近のAI関連株」という投資勧誘に返信してしまいます。

 

「『500万円投資すれば、上場時には3倍の1,500万円になります。そうなれば、年金までの赤字をすべて埋めてもお釣りが来ますよ』。この一言が決定打でした。まずは500万円を振り込むと、数日後、偽の運用サイト上で私の資産が580万円に増えて表示されたんです。『本当だったんだ』と興奮しました」

 

詐欺グループの揺さぶりは続きます。「追加募集はこれが最後。ここで300万円追加すれば、優先株に格上げされ、上場後の配当も約束される」という甘い誘いに、山田さんは残りの300万円も振り込みました。

 

「しかし、上場予定日を過ぎても連絡が来ない。サイトにログインしようとすると『サーバーエラー』と表示されるだけ。担当者の電話も『現在使われておりません』。家も投資物件もありますが、手元の現金は80万円。固定資産税や管理費を払えば、日々の食費すら危ういのが現実です」

 

後日、山田さんは振込明細を手に警察へ駆け込みましたが、そこでさらなる現実に直面します。

 

「『投資は自己責任の側面があり、事件としての立件は難しい』と言われ、被害届すら受理されませんでした。振込先の口座はすでに空で、SNSの相手とも音信不通。警察の方に『高い勉強代だと思うしかない』と諭されたときは、膝から崩れ落ちそうになりました。父が遺してくれた大切な金を、自分の焦りのせいで一瞬で失ってしまいました」