まとまった遺産を受け取ったことで、老後の不安が解消されると考える人は少なくありません。しかし、収入源が限られるシニア世代にとって、手元資金が目減りしていく心理的重圧は、判断を狂わせる要因となります。ある男性のケースを見ていきます。
「膝から崩れ落ちました…」父から相続した「5,000万円」がわずか2年で消えた…60代男性が絶句した、銀行残高「80万円」の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

統計から見る「高齢者・相続」を狙う詐欺

山田さんの事例は、介護離職による「無収入期間」の不安が、冷静な判断力を奪った結果といえます。

 

1.介護離職後の再就職の壁

総務省「令和4年就業構造基本調査」によると、介護・看護を理由に離職した人は約10.6万人にのぼります。50代後半での離職は、厚生労働省の統計でも再就職率が低下する傾向が示されており、年金受給までの「資産取り崩し期間」が長期化することが、心理的なプレッシャー(焦燥感)を増大させます。

 

2.単身無職世帯の家計実態

総務省「家計調査 家計収支編 2025年平均」によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は月平均で15万5,782円です。山田さんの「月20万円」という支出は平均以上ではあるものの、投資物件の管理費や固定資産税といった「維持費」が加わることで、実収入(家賃収入等)を上回る赤字が定着します。この「月々の赤字」を投資で解決しようとする心理が、詐欺被害の入り口となります。

 

3.名簿業者と不動産登記の流出

警察庁によると、2025年の特殊詐欺は認知件数が2万7,758件(前年比約32%増)、被害額が約1,414億円(同97%増)と、いずれも過去最多を記録しました。詐欺グループがターゲットを選別する際、有力な情報源となっているのが名簿業者の存在です。名簿業者は、法務省の「登記情報提供サービス」などを通じて、不動産の所有権が相続によって移転した公的な記録を恒常的にチェックしています。ここで「相続が発生したばかりの無職・高齢者」を特定し、ターゲットリストを作成するのです。

 

相続という大きな転機において、最も優先すべきは資産を「増やす」ことではなく、年金受給までのキャッシュフローを安定させるための「現金比率の維持」です。山田さんのように資産の大部分を不動産に換えてしまうと、急な現金需要に対応できない流動性不足を招きます。無職期間がある場合は特に、将来の赤字分を補填できるだけの現預金を、長期的かつ計画的に手元に残す視点が不可欠です。

 

また、相続直後にSNSや電話で届く投資話は、公的情報の流出を背景とした詐欺の可能性が高いと判断すべきです。自分一人の判断で資金を動かさず、不審な勧誘を受けた際は、警察の専用ダイヤル(#9110)や国民生活センター(消費者ホットライン188)といった公的相談窓口へ速やかに連絡することが、資産を守るための実効性の高い対策となります。