「親の面倒は子がみるもの」という想いから始まる同居生活。しかし、善意から始まったはずの選択が、気づかぬうちに互いの首を絞めてしまうケースは少なくありません。現代の日本において、家族だけで介護を担うことにはどのようなリスクが潜んでいるのでしょうか。ある母子のケースをみていきます。
お母さん、ごめんね…〈84歳・要介護の母〉を呼び寄せた〈53歳娘〉の悲鳴。「同居こそが親孝行」という呪縛 (※写真はイメージです/PIXTA)

介護負担の増大と家庭内における精神的乖離の実態

東京都内に居住する佐藤美津子さん(53歳・仮名)は1年前、千葉県内の実家で一人暮らしをしていた母・和子さん(84歳・仮名)との同居を開始しました。和子さんは変形性膝関節症を患っており、歩行が不安定で日常生活に介助を必要とする状態でした。

 

同居開始直後から、佐藤さんの生活サイクルは介護中心となりました。フルタイムの勤務を終えた後、食事の準備や排泄介助、入浴の補助に従事。さらに深夜のトイレ移動への対応も加わり、睡眠不足が常態化していきました。佐藤さんは「母の安全を確保するために、自分がすべてを行うべきだ」と考え、和子さんの外出や家事を制限するようになります。

 

しかし、同居から3カ月が経過した頃、両者の関係に変化が生じました。佐藤さんは蓄積した疲労から、和子さんに対し強い口調で注意を繰り返すようになり、和子さんは自室に引きこもる時間が急増したのです。

 

「お母さん、危ないから座っててって言ったでしょ!」

「……ごめんね。迷惑かけて」

 

こうしたやり取りが日常化し、家庭内の緊張感は増大しました。佐藤さんは地域包括支援センターでの面談を通じて、自身の状態が「介護うつ」の一歩手前であると認識します。

 

また、和子さんの運動能力も、同居前より低下していることが判明しました。家族による「良かれと思っての全介助」が、かえって本人の残存機能を奪っていたのです。

 

「同居したほうがお互いに安心できると思っていたのですが……母には申し訳ないことをしました」

 

ケアマネジャーとも相談し、最終的に24時間の介護体制が整った「介護付き有料老人ホーム」への入居を決定しました。入居後、和子さんは施設内のリハビリプログラムに参加し、専門スタッフによる適切な介助を受けることで、歩行状態が安定。佐藤さんは「介護者」としての役割から離れ、週に1度の面会を通じて、現在は良好な親子関係を維持しています。