昨今の働き方改革により、過酷な労働環境やハラスメントを排除する動きが加速しています。企業は「働きやすさ」を追求し、若手社員を丁寧に守り育てる文化を築いてきました。しかし、それでも会社を去る若手が後を絶たないといいます。ある女性社員のケースから、新たな人材流出の実情をみていきます。
「優しすぎて、絶望しました」…好待遇の企業に就職した「月収30万円・23歳エリート女性」が、わずか1年で退職を決意した「切実な理由」 (※写真はイメージです/PIXTA)

指摘すらしてもらえない…若手が抱く焦燥感

都内の大手企業に勤務する松本大介さん(34歳・仮名)は、かつての後輩、斎藤美咲さん(23歳・仮名)が職場を去った経緯を静かに話し始めました。斎藤さんは、最難関の国立大学を卒業後、数百倍の倍率を突破して入社した、いわゆる「エリート」と目される新人でした。

 

「うちの会社は数年前から人材確保のために初任給を引き上げていて、彼女の代は一律で月30万円からスタートしていました。新人としてはかなりの高待遇です。しかも残業はほぼゼロ。上司である佐々木課長(47歳・仮名)は、彼女を呼んで注意することすら避けるほど、徹底的に『優しく』接していました」

 

松本さんによると、ある時、斎藤さんが作成した融資の稟議書に、基礎的なデータの誤りがありました。それに気づいた佐々木課長は、彼女を呼んで指導するのではなく、その日の夜に自ら黙々と修正していたといいます。

 

松本さんが「指摘したほうがいいのでは」と進言すると、課長は「今は下手に注意して、メンタルを病まれたり、パワハラだと言われたりするのが一番怖いんだ。彼女には、まずはこの環境に慣れてもらえばいい」と答えていました。

 

佐々木課長に悪気はなく、むしろコンプライアンスを遵守し、新人を大切に育てようとする「善意」からの行動でした。しかし、その善意は斎藤さんにとって別の意味を持って響いていたと、松本さんは振り返ります。

 

「その後、斎藤さんは私が修正済みの資料を印刷しているのを見て、自分がミスをしたこと、そしてそれが無言で修正されたことを知りました。彼女は私に、『私には、注意される価値さえないということでしょうか』と聞いてきました。失敗してもフィードバックがなく、次への改善点も示されない。彼女は自分の仕事が、誰がやってもいい『代わりのきく作業』としてしか扱われていないことに、強い危機感を抱いていたようです」

 

斎藤さんの焦りは、次第に具体的な「恐怖」へと変わっていきました。同年代の友人が他社で厳しいプロジェクトに揉まれ、スキルを磨いている話を聞くたびに、定時に帰宅させられる自分とのギャップに苦しんでいたといいます。

 

「退職を決めた後、彼女は私にこう漏らしていました。『この会社は、私の今を快適にしてくれますが、5年後の私のキャリアには誰も責任を持ってくれません』と。最後の日、彼女が佐々木課長に伝えたのは、恨み言ではなく『本当は、もっと仕事がしたかったです』という、真っ直ぐな本音でした。良かれと思った配慮が、結果として彼女の成長機会を奪っていた事実に、課長は最後まで戸惑っていました」