「60歳で定年を迎えたら、あとは悠々自適のセカンドライフが待っている」――。かつて当たり前のように描かれていたそんな人生設計が、今や過去のものとなりつつあります。定年を迎えたのち、再雇用を選択した男性の声から、「働き続けること」の真意について考えていきます。
 「いつまで働けばいいのだろう…」月収28万円・60歳再雇用サラリーマンの嘆き。定年が「ゴールでなくなった」日本の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

働き続ける理由の根底にある「漠然とした不安」

 山田さんが就職した1987年、日本経済は円高不況を脱し、超低利政策を背景とした「バブル景気」が本格化していました。同年10月にはブラックマンデーに見舞われたものの、直後に立ち直る強さを見せていた時代です。「定年後は安泰」という価値観は、当時の社会背景から醸成されたものでしょう。

 

しかし、現代のデータは異なる現実を示しています。総務省『労働力調査(基本集計)』によると、60~64歳の就業率は上昇を続け、2024年には74.3%と7割を超えました。65歳までの雇用確保や、70歳まで働ける継続雇用制度を導入する企業が3割以上に達していることが主な要因です。

 

一方で、人々の心理的な不安も見逃せません。金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査(2025年)』では、老後生活に「非常に不安を感じる」「やや不安を感じる」と答えた人は全体の約8割にのぼります。不安の理由として最も多いのは「十分な金融資産がないから」。次いで「年金や保険が十分ではないから」と続き、「生活の見通しが立たないほどの物価上昇」を懸念する声も3割を超えています。

 

厚生労働省『令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金の平均受給額は月15万289円。夫婦合わせても、現役時代の生活水準を維持するのは容易ではありません。さらに物価上昇分が年金の増額幅を上回り、実質的な目減りが続いていることも不安に拍車をけています。

 

年金支給までの空白期間、残るローン、親の介護、そして自分たちの長い老後。数字を冷静に並べれば、「少しでも長く働く」という判断は賢明に見えます。しかし、そこにあるのは「働きたい」という意欲よりも、「辞めることが怖い」という切実な思いです。「十分」の基準が見えないからこそ、働き続けざるを得ない。その背景には、現代日本に蔓延する拭いきれない不安感が横たわっています。