奨学金を借りる際、「親に頼めるか、頼めないか」で、受け取れる金額に格差が生まれることをご存じだろうか。人的保証(親族)を用意できない学生は、機関保証を選ばざるを得ず、毎月の振込額から保証料が天引きされる。最も支援が必要な困窮学生の財布から、資金が抜かれていく矛盾――。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が、Aさんの事例とともに、「誰にも頼れない」ことが経済的ハンデになってしまう、制度の構造的欠陥について解説する。
農業高校時代、勉強についていけず欠席がちに。不登校を救ってくれた恩師の助言で、北海道の女子高生が17歳で背負った「借金500万円」…大学進学後、ATMで立ちすくんだ「残高1,500円」の恐怖 (※写真はイメージです/PIXTA)

父「女に学歴はいらない」…高校2年生の秋に決断した“500万円の負債”

北海道の自然豊かな環境で育ったAさんは、4人きょうだいの長女という賑やかな家庭で育った。彼女が描いていた将来の夢は、地元のスポーツチームを支える「管理栄養士」になること。その目標に向けた第一歩として、農業学科系の高校へ進学するも、入学後、想定していた学習内容とのギャップに直面する。専門性の高いカリキュラムに適応できず、学習の進度についていけなくなったのだ。1年次の後半からは、欠席が増えていった。学業面でのつまずきが重なり、学校生活への意欲を失いかけた時期もあったという。

 

そうした状況のなかで、当時日本史を担当していた先生との継続的な関わりが、Aさんにとって大きな転機となった。先生は、学校を休みがちなAさんを見放すことなく、親身になって相談に乗ってくれた。時には厳しく叱り、時には小さな努力や変化を誰よりも褒めてくれる。そんな先生の姿勢に感銘を受けたAさんは、いつしか「自分もあんな風に、生徒一人ひとりに寄り添える先生になりたい」と考えるように。学ぶ意欲も取り戻していった。

 

しかし、その夢の前に立ちはだかったのは、最も身近な存在である父親だった。17歳の秋、大学受験の意志を伝えたところ、「女に学歴はいらない。大学に行くなら自分でなんとかしろ」と一蹴された。時代錯誤ともいえる教育方針により、Aさんはたとえ大学に合格したとしても、学費や生活費を含めた経済的責任を自分一人の力で背負わなければならない状況に置かれたのだ。

 

このことを先生に相談したところ、奨学金の存在を教えてくれた。Aさんが通っていた高校は専門学校に進学する生徒が多く、ほとんどの人が進学のために奨学金を借りる環境だった。将来返済が必要なことは理解していたが、10代の彼女にとって、それが数十年続く「重い負債」であるという実感はまったくなかったという。

 

両親を頼れない以上、学費だけでなく生活費もすべて自分で賄わなければならない。Aさんは、日本学生支援機構(以下、JASSO)の貸与型奨学金(第2種)を、上限の月額12万円借りることを決めた。4年間の総額は500万円を超える計算だ。そして在籍していた農業科には、受験に必要な英語や日本史Bの授業がなかった。両親は当然、塾に通うお金を出してくれない。ここでも日本史の先生が、Aさんのためだけに時間を割き、講義や練習問題の作成を引き受けてくれた。そうした支えを糧に、孤独な受験勉強を戦い抜いたAさんは、見事大学の合格を勝ち取ったのである。