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「自分の教育費」を返し終えないまま、母になった
役所で母子手帳を受け取った帰り道、Aさん(31歳)は駅のホームで立ち止まり、スマートフォンの家計簿アプリを開いた。そこに表示されていた「1万6,000円」は、ベビー用品の値段でも、教育費の見積もりでもなく、毎月変わらず引き落とされる「奨学金」の返済額だ。
「独身のころは、なんとかやりくりできていました。ただ、子どもが生まれることを考えた瞬間、この金額の重さがまったく違ってみえてきたんです」
東京都内でメーカーの営業事務として働くAさん。年収は430万円で、同じく会社員として働く夫(年収320万円)と合わせた世帯年収は750万円を超える。数字だけをみれば、決して生活に困窮しているようにはみえない。
しかし、これから訪れるライフステージの変化を直視したとき、彼女はこの1万6,000円という数字に、これまでにない「負い目」を感じはじめていた。
高校3年の春、家族で話し合って決めた「奨学金336万円」
高校3年生の春、Aさんは奨学金を借りることを決めた。千葉県内の県立高校に通っていた彼女は、「将来大企業で働きたい」という思いから、東京の私立大学商学部への進学を希望していた。父は中小企業勤務、母もフルタイムのパート勤務で家計を支えていたが、住宅ローンに加え、祖母の介護費用や妹の教育費も重なり、大学4年間の費用をすべて親のお金で賄うことは現実的ではなかった。
「大学には行かせたい。ただ、全額負担することはできない」
両親から率直に伝えられ、家族で話し合った結果、「第二種奨学金」を月7万円、4年間借りることを決めた。総額は336万円にのぼる。
「当時は、数字の大きさをそこまで実感していませんでした。普通に就職して働きはじめれば返済していけるものだって」
大学時代は、飲食店やアパレルでアルバイトをしながら学業に励んだ。決して余裕のある学生生活ではなかったが、進学そのものに対する後悔はないという。
「奨学金がなければ、いまの仕事に就くことも難しかったと思います」
進学の機会を得るための制度として、奨学金は当時の彼女にとって必要不可欠な選択肢だった。
