(※写真はイメージです/PIXTA)
奨学金を「借金」と思わなかった理由…39歳女性の回顧
北海道出身のAさんは、現在東京都内のメーカーで営業職として働く39歳の会社員女性だ。高校時代から英語に強い関心を持ち、将来は海外と関わる仕事がしたいと考えていた。しかし、大学進学は、彼女の家庭環境において簡単な選択ではなかった。
Aさんの両親は高校卒業後に就職しており、地元でも高卒で働くことが一般的だったという背景がある。さらに、Aさんのもとには2人の弟がおり、大学受験と上の弟の高校進学のタイミングが重なっていた。弟は陸上競技で実績があり、遠方の私立高校への進学を希望していたため、授業料や一人暮らしの費用など、家計への負担は極めて重い状態にあったのだ。
「大学には行かず、働いてほしい」――。両親からそう告げられたとき、Aさんは家計の厳しさを改めて突きつけられた。現に、自身の高校も学費免除制度を利用して通っており、余裕がない事実は誰よりも理解していたつもりだ。だが、その言葉は重く響いた。それでも大学進学を諦められなかったAさんは、受験期に両親と何度も衝突したという。
そんななか、自衛隊に勤める父の知人から、「自衛隊に入れば、給料をもらいながら勉強や資格を取ることができる」という話を聞かされた。いま思えば軽い気持ちだったとAさんは振り返るが、大学進学を断念して自衛隊に入隊し、英語や資格の勉強に取り組もうと決断する。しかし、結果は不合格。しかも合否が判明したときには、すでに大学受験に切り替えられない時期だった。
絶望する娘の姿をみて、ついに両親も「好きにしなさい」と背中を押してくれた。その後、自宅に届いた進路未定者向けの案内のなかに、関心のあった国際関係学科のある3年制の専門学校をみつける。「大学卒業と同等の知識が得られる」という説明に希望を感じたAさんは、1年間アルバイトをして学費を貯め、進学することを決めた。
ただし、進学先は東京。親の援助に頼れないAさんにとって、一番の問題はお金だった。そんなとき、高校の先生が奨学金のことを教えてくれた。当時はネットも十分に普及しておらず、周りに制度を利用している人もいなかった。冊子を読んでも、その仕組みを十分に理解できていたとは言い難い。それでも、「これがあれば、たくさんのお金が用意できなくても進学できる」「やっと勉強ができるんだ」という喜びが先行し、奨学金を借りることへの抵抗はまったくなかったとAさんは語る。
Aさんは進学にあたり、日本学生支援機構の貸与型奨学金(第2種)を月10万円、3年間で総額360万円借りることにした。さらに、別の奨学金団体からも一括で120万円を借り、利用した奨学金は合計480万円にのぼった。