(※写真はイメージです/PIXTA)
「組織の看板」を失った現実、15ヵ月で溶けた1,600万円
大手精密機器メーカーで長年、法人営業と経営企画に携わってきた斎藤徹さん(64歳・仮名)。 60歳で定年を迎えた際、支給された退職金は1,600万円でした。 再雇用で2年働いた後、62歳の時に「企業のDX化を支援するマッチング・コンサルティング会社」を設立しました。
斎藤さんはまず「社長」としての体裁を整えることから始めました。 都心の一等地のシェアオフィスを月額20万円で契約し、最新のPCや什器を完備。 さらに、自身のノウハウを形にするためのマッチングプラットフォーム構築をITベンダーに依頼し、初期開発費として800万円を投じました。
「かつての取引先に連絡を取れば、すぐに案件が取れると楽観視していました。しかし、実際に動いてみると、『斎藤さん個人とはお付き合いしたいが、発注は会社(前職)の看板があるからこそ』という現実を突きつけられました。個人のコンサルティング会社に、数百万円の予算を投じる企業は皆無だったのです」
焦った斎藤さんは、サイトのアクセスを増やすためにWeb広告の運用を広告代理店に委託。 毎月30万円以上の外注費を垂れ流しましたが、成約には至りませんでした。 売上が立たないにもかかわらず、「一度始めたシステムを完成させなければ投資が無駄になる」という思いから、機能追加のためにさらなる資金を投入します。
結局、売上がほぼゼロの状態で15ヵ月が経過し、退職金1,600万円は底を突きました。 オフィス解約費用やシステムの維持費、さらには運転資金として借り入れた公庫からの融資も、すべて返済と固定費の支払いで消えました。
「最後は自宅のローン返済も滞り、自己破産の手続きを取りました。夢なんて見るもんじゃない。自分の実力ではなく、会社の看板で仕事をしていたのだと思い知らされました」