長期化する売り手市場のなかで、採用現場では若者の“立ち位置”が大きく変わりつつあります。「入社させてもらった」から「入社してやった」へ――。この意識の変化は、企業と個人の関係性そのものを揺さぶり始めています。本記事では、サーチ・ビジネス(ヘッドハンティング)の先駆者、東京エグゼクティブ・サーチ(TESCO)代表取締役社長・福留拓人氏が、採用市場の最前線から見える変化の正体を解説します。
嘘だろ…退職代行経由〈1日で退職〉に唖然。「入社してやった」「働いてやっている」空前の売り手市場で起きている“静かな異変”【転職のプロが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

良いオファーがあれば、入社後でも移ってしまう

本来、入社とは大きな意思決定であり、一定の覚悟をもって門をくぐるものでした。転職活動の緊張感から解放され、労使双方が新たな関係性を築いていく――それが一般的なスタートでした。

 

しかし、近年では、内定受諾後も就職活動を継続するというケースが増えています。本来、内定は1社にしか承諾できないものですが、売り手市場では、入社後や試用期間中であっても、本命企業からより良いオファーがあれば移ってしまう。こうした行動が、以前より珍しくなくなっています。

 

社会人経験の長い世代からすれば、入社してすぐに辞める行動は理解しがたいものかもしれません。試用期間であろうと保険手続きが行われます。1日だけの勤務でも、職歴としてカウントされてしまう可能性があるのです。転職歴が増えることが必ずしもプラスにならない以上、本来、会社選びは慎重に行う必要があります。

 

例えるなら、婚姻関係に近い側面もあります。結婚すれば婚姻届を提出し、その履歴は戸籍に残ります。転職も同様に、回数が増えれば本人にとって心理的な負担、後ろめたさにつながることもあるでしょう。

 

ですが、この売り手市場が続く限りは、「転職回数がある程度増えても、恐れることはない」という意識は今後も強まっていくでしょう。労働者の権利が、さまざまな面で経営側を上回り始めていることの象徴ともいえます。賃金交渉や有給取得などの面で、さらに影響が広がっていく可能性があります。

「選ぶ側」と「選ばれる側」が入れ替わった、その先で

「入社してやった」というスタンスを象徴する例として、ダイエー創業者・中内功の時代を振り返ります。かつて「お客さまは神様」という思想のもと、流通革命が起こりました。昭和30年代の若手社員は、安価で活用しやすい労働力として「金のたまご」と呼ばれていました。

 

一方、令和の若手人材は、まさに「お客さま」として扱わなければならない存在になりつつあります。「入社していただいた」という意識が、企業側にも求められる。同じ「金のたまご」という言葉でも、その意味は半世紀で大きく変わりました。

 

労使の力関係が180度転換した――2026年は、その変化がはっきりと可視化される、新しい時代の幕開けといえるのかもしれません。

 

企業は、昔の常識のまま採用や人材マネジメントを続けていれば、これから本当に人が定着しなくなるでしょう。終身雇用や年功序列を前提にした評価、曖昧な役割分担、精神論に寄りかかった育成。そうしたやり方は、もはや「通用しにくくなっている」のではなく、「見限られ始めている」と言ったほうが近いのかもしれません。

 

一方で、雇われる側も油断はできません。「売り手市場」「代わりの会社はいくらでもある」といった空気を過信し、自分の市場価値を冷静に見ないまま傲慢になれば、足元をすくわれる可能性もあります。環境が変わるスピードが速いからこそ、評価されている理由や、自分が提供できる価値を言語化できない人ほど、変化に弱いのも事実です。

 

古い前提にしがみつく企業も、時代の追い風に酔う個人も、ともにリスクを抱えている──その現実をどう受け止め、どう動くのかが、これからの分かれ道になるのでしょう。
 

 

福留 拓人
東京エグゼクティブ・サーチ株式会社
代表取締役社長