年度ごとに改定されている「年金額」。物価上昇などといった経済状況の変化に対応し、その価値を維持することを目的として「改定率」に基づく見直しが毎年度行われています。2025年度の年金額は前年の物価上昇を受けて増額したものの、マクロ経済スライドによる調整によって実質的には目減りとなりました。本稿ではニッセイ基礎研究所の中嶋邦夫氏が、年金額改定のルールのなかから、受給者世代だけでなく現役世代にも大きな影響を与える「マクロ経済スライドによる調整(年金財政健全化のための調整)」導入の経緯とその意義について詳しく解説します。
将来世代の給付低下を抑えるため少子化や長寿化に合わせて調整-年金額改定の意義と2026年度以降の見通し(2) (写真はイメージです/PIXTA)

「給付水準の低下」抑制が見込めるが…特例見直しに潜む政治的リスク

3|特例見直しの意義と課題:将来の給付水準の低下を抑えるが、繰越が溜まった場合に政治リスク

年金財政の健全化のための調整ルールの特例が適用される場合には、年金財政の健全化に必要な措置(いわゆるマクロ経済スライド)が十分に働かないことになるため、年金財政の悪化要因となる(図表8左の水平な黒線部分)。その結果、年金財政の健全化に必要な調整期間の長期化が必要となり、将来の年金の給付水準(所得代替率)が低下することになる。

 

(注1)特例ルールの見直しにより、上図の①の前半で未調整分の解消が進み(赤線)、改正前(黒線)と比べて給付水準(所得代替率)の調整(削減)が早まる。その結果、改正前(黒線)よりも給付水準(所得代替率)の調整(削減)を早めに停止できるため、将来の給付水準(所得代替率)が改正前(黒線)より上昇する。 (資料)社会保障審議会年金部会(2018年7月30日)資料2 p.27.
[図表8]特例の見直し(未調整分の繰越)で年金財政健全化に必要な調整期間が短縮するイメージ (注1)特例ルールの見直しにより、上図の①の前半で未調整分の解消が進み(赤線)、改正前(黒線)と比べて給付水準(所得代替率)の調整(削減)が早まる。その結果、改正前(黒線)よりも給付水準(所得代替率)の調整(削減)を早めに停止できるため、将来の給付水準(所得代替率)が改正前(黒線)より上昇する。
(資料)社会保障審議会年金部会(2018年7月30日)資料2 p.27.

 

改正後は、未調整分が繰り越されて調整されれば、特例ルールに該当した年度については未調整分の先送りが生じて給付費の実質的な減額ができないものの(図表8左の点線と赤線で囲まれた部分)、それ以降に調整率が本来の水準に戻っていき、改正前の制度よりも給付費の実質的な削減が進む可能性が出てくる(図表8左の①の部分)。その結果、改正前の制度よりも調整期間の短縮が図られ、将来の給付水準の低下が抑えられることになる(図表8の丸い吹き出し)。

 

しかし、デフレが継続した場合などでは、当年度分の調整と繰り越した未調整分を合わせた大幅な調整が適用できない場合も考えられる。その場合は未調整分の繰越しが続き、結果として改正前の制度と同じく、未調整分が適用されないままになる可能性がある。

 

また、このような経済状況のリスク(不確実さ)に加えて、政治的なリスクもある。たまった未調整分を精算できるほど本来の改定率が高いケースには、物価上昇率がかなり高い場合もあり得る。この場合は物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになるため、年金受給者からの反対や、実際に生活水準が大きく低下して困窮する受給者がでてくる可能性がある。そういった状況では、この見直しを予定どおりに実施するかなどが政治問題になる可能性がある7

 

7 2022年3月には、物価が1%ほど上昇する中で2022年度の改定率が-0.4%となったことを背景に、与党から年金生活者等を対象にした5000円程度の臨時特別給付金の支給が提言された。最終的には、給付金の支給は見送られた。